現在位置は です

本文です

冬休みは上下巻モノに挑戦!

 2011年最後のお届けです。どういうわけか今月は、上下巻が3冊集まってしまいました。実質6冊ね。どれもガツンと読み応えのある作品なので、まとまった時間の取れる冬休みに、ぜひお楽しみ下さい。

「緋色の楽譜」
(ラルフ・イーザウ、酒寄進一訳 東京創元社、上下とも2000円)

 最近、速に注目を集めているドイツ・ミステリー。本書は、「ネシャン・サーガ」などで知られるファンタジー作家、イーザウが、ミステリー寄りのスタンスで書いた一冊です。主題はタイトル通り、フランツ・リストが残した楽譜に秘められた謎。

 主人公のサラは、美貌の若きピアニスト。「共感覚」という特殊能力を持っています。大雑把(ざっぱ)に言うと、聞いた音が図形・文字として見えてしまう、というようなもの。大作曲家・リストの子孫という設定なのですが、物語の冒頭、リストが残した楽譜が、サラが投宿したホテルの部屋から奪われ、さらにサラは命を狙われ……とスリリングな展開が続きます。味方だと思っていた人の裏切りがあり、敵のはずが味方だった、というひっくり返しの連続もお約束。

 その後、ある秘密結社の陰謀を知ったサラは、キーになるリストの楽譜を探してヨーロッパ中を飛び回ります。行く先々での冒険と、次第に解き明かされていく謎。そして対立する二つの秘密結社……うん、これはやはりファンタジーの文法だわ。そこに、クラシック音楽に関するペダンチックなうんちくが重なり、うーん、正直言って、堂場には荷が重い世界でした。何となく話がするすると上手く進み過ぎるような気もしますしねえ。サラには何度も危機が迫るのですが、ちょっと伏線が甘く、「たぶん、すぐに脱出できるだろう」と読んでいると、だいたいその通りになりました。純粋サスペンス系の人(?)なら、もっと心臓に悪い書き方をするよ。ラストも、ものすごく大急ぎでまとめた感じ。

 ただ、ファンタジーの大きな目的が、「日常感覚を超えた世界をいかに作り出すか」だとすれば、その点では極めて正しいファンタジー。そこに入りこめるかどうかが、面白く読めるか否かを決めると思うのですが、実は、「難儀だなあ」と思いながら、途中からスピードが上がって、結構サクサク読めちゃったんだよね。ファンタジー嫌い、クラシック音痴であるにもかかわらず……ということは、堂場はイーザウの魔法にかかってしまったのかもしれない。イーザウには、まだミステリー的作品があるということなので、今後もちょっと注目していきたいと思います。

「おやすみなさい、ホームズさん」
(キャロル・ネルソン・ダグラス、日暮雅通訳 創元推理文庫、上下とも940円)

 いわゆるパスティーシュモノであり、同時にスピンオフモノでもあります。主人公は、「シャーロック・ホームズ」シリーズの登場人物の中でも、とりわけ人気が高い女性、アイリーン・アドラー。

 ホームズモノになじみの薄い皆さんのために説明しますと、アイリーンは、短編第1作「ボヘミアの醜聞」に登場したヒロイン(?)で、ホームズを翻弄した数少ない人物でもあります。女優、歌手、そして本書では「探偵」でもある。「失われた宝石探し」という、いかにも19世紀的な話で始まり、中盤はボヘミア皇太子の寵愛(ちょうあい)を受ける話に……って、この辺りはまさに、「ボヘミアの醜聞」の裏側の話なのであります。改めて「ボヘミアの醜聞」を読み直してみると、本書の後半部分が上手く当てはまっているのが分かります。推理と冒険、恋に野心と盛りだくさんの内容で、ホームズファンなら楽しめること間違いなし、ですね。

 で、物語の構造自体、ホームズシリーズの基本骨格を踏襲している。本書の語り手は、いわば「女ワトソン」とも言えるペネロピー・ハクスリー。ひょんなことからアイリーンと同居することになり、彼女の自由奔放な行動に翻弄されながらも、相棒兼記録係として、物語を進めるエンジンになっています。主人公はきちんといながら、助手役の活躍も結構目立つ、という構造。19世紀の小説ではよくあるパターンだよね。

 19世紀の社会、風俗の描写は確実。ヨーロッパ全体を覆う政治的な空気に関してもね……それにアイリーンとペネロピーのやり取りが、「ガールズ・トーク」そのもので笑わせます。いつの時代もこうなんだねえ、と変に感心。女性を探偵役に据え、女性同士の友情や連帯が肝になる「ガールズ・ミステリ」は今も盛んに書かれていますが、その原型みたいな感じです。書かれたのは1990年だけど。

 それにしても、ホームズ人気の高さには驚きます。デビュー長編である「緋色の研究」が発表されたのが1887年。実に120年以上も前なのですが、未(いま)だにパスティーシュ作品が描かれているのって、すごいと思いませんか。今年は、「ライヘンバッハの奇跡」(創元推理文庫)という作品もありました。こちらは、ホームズ空白の時期に何が起きたか、謎解きを試みた作品。

 ホームズに代表される本格推理小説に対する反発でハードボイルドが生まれた、と考えると、ハードボイルド派の堂場としては感慨深いものがあります。今でも脈々と続いてるんだもんなあ……我が軍、すっかり形勢不利であります。ちなみにハードボイルドの世界では、探偵が警官から「シャーロック」と呼ばれることが多い、と、うんちく一発。もちろん、この呼び方は皮肉ですけどね。

「ミスター・クラリネット」
(ニック・ストーン、熊谷千寿訳 RHブックス・プラス、上=900円、下=920円)

 思わず世界地図を広げてしまいました。ハイチ共和国――マイアミから南東に数百キロのカリブ海に浮かぶイスパニョーラ島の西部にあり、隣はドミニカ共和国。独立以来、200年以上も政情不安定な状態が続き、最近の話題としては、2010年1月に発生したハイチ大地震の悲惨な被害が思い出される小さな国です。

 で、本編のお話。マイアミの探偵・マックスは、幼女惨殺犯3人を殺し、服役中。出所が近いある日、ハイチの実業家・カーヴァーから、「生きて連れ帰れば1000万ドル、死体でも500万ドル」という条件で、行方不明になった息子の捜索を依頼されます。前に同じ仕事を依頼された探偵たちが悲惨な目に遭っている事を知り、迷いますが、結局金のため、そして自分のプライドのために捜索を引き受けます。

 ハイチへ渡ったマックスは、この世の地獄のような社会の中、泥の中をはいずり回って(比喩じゃないよ)、行方不明になった少年の行方を捜します。そこに、ハイチの呪術「ブードゥー」、スラム街を仕切る謎の男・ヴィンセント・ポール、そして貧しさに根ざした独特の社会風習が壁になって襲いかかってきます。

 正直、小説としては上手くはない。「朝起きて、顔を洗ってタイプ」と個人的には呼んでいますが、ひたすら時間軸を追って展開していくために、マックスが現場のハイチ入りするのは、ようやく上巻の120ページを過ぎてから。そこからやっと話が転がり出す感じです。ただ、上手い下手を超えた、異常な熱気がこの小説にはある。世界最貧国の一つであり、法律、医療、インフラその他、問題だらけのハイチで、マックスがもがき苦しむ様は圧巻です。

 予想した通り(堂場は解説を最後に読むタイプなので最後まで分からなかった)、作者の母親はハイチ出身で、本人も幼い頃をハイチで過ごしたようです。実際に見聞きした経験が、そのまま小説に生かされているのですね。現地で通訳兼助手を務める女性、シャンテールが作者の代弁者と思われます。ブードゥーの呪術や占いをどう扱うかは難しいところですが、ぎりぎり、リアリティのあるところに押しこめたのは成功ではないでしょうか。

 それにしても、気の弱い人は読むのにご注意を。群衆のマスヒストリーというか、集団暴行場面など、読んでいて吐き気がしてきます。一応、「ノワール」と謳(うた)っていますけど、そういう枠ではくくれないわな。4月に紹介した「はいつくばって慈悲を乞え」が、南アフリカの惨状を伝えていたのと同系統ですが、こっちの方が土臭く、血のにおいが濃厚です。

2011年12月21日  読売新聞)

 ピックアップ

トップ


現在位置は です


編集者が選ぶ2011年海外ミステリー

海外ミステリーが傑作揃いだった2011年。各社担当編集者のベスト5を紹介します。

連載・企画

海外ミステリー応援隊【番外編】 2011年総括座談会
世界の長・短編大豊作…やはり新作「007」、「犯罪」不思議な味、北欧モノ健在(11月29日)

読書委員が選ぶ「震災後」の一冊

東日本大震災後の今だからこそ読みたい本20冊を被災3県の学校などに寄贈するプロジェクト

読売文学賞

読売文学賞の人びと
第63回受賞者にインタビュー

リンク