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学生がいきなり起業するのはいいことか?

新サービス「アイクラウド」を発表したアップルのスティーブ・ジョブズCEO(2011年6月撮影)

 こんにちは、磯崎哲也です。2年前には、こんな質問が頻繁に出て来ることは想像だにしなかったのですが、昨今、セミナーの講師をした時によく頂くようになった質問として、以下のようなものがあります。

 「私は学生で将来ベンチャーの起業を考えているんですが、学生からいきなり起業するべきでしょうか? それとも大企業などにまず一度は就職して、それから起業するべきでしょうか?」

 みなさんなら、どう答えますか?

 質問をした学生がどうかというよりも、この質問に対して何と答えるかで、回答者のほうの「器」が試されちゃうところがあるので、この質問は、素朴なようでいて、なかなか味わい深い質問だと思います。

回答例その1:
「まずはちゃんとした企業に就職して、社会人としての基本や仕事のノウハウを身につけた上で、それから起業を考えるべきだ。」

 私も、ボーッとしてると、この答えがノドのところまで出かかりますが、そこをグッとこらえて、なるべく言わないようにしています。

 まず、「社会人としての基本」ってのは一体何でしょうか?

 社会人として知っておいたほうがいいこと。例えば、名刺をどう渡すかとか、敬語の使い方とか、そういったことは確かにあります。しかし、私は学生で起業した人というのを何人も見ていますが、名刺の渡し方が悪くて事業に失敗した人というのは、まだ見たことがないですね。本当に起業家として成功する「できる」人なら、そういうことは、他の人がやるのを横目でチラチラ見たりネットで調べたりしたら、すぐに身につけられる程度のことなわけです。

 「仕事のノウハウ」もそうです。何年も何十年も修業をしないと身につかない技術とかノウハウというものは確かに存在します。ただし、そうした領域がベンチャー向きなのか、というと、どうでしょう?

 そもそも、世の中のほとんどの事業領域は、既存のやり方のままでベンチャーが参入して成功する可能性は極めて低いわけです。(例えば農業とか製鉄業とか海運業とか石油掘削事業とか。)しかし、そのベンチャー設立を目指している学生が「デキるやつ」なら、そうした伝統的な領域に伝統的なやり方で挑もうなんてことを考えているわけはありませんよね。拙いかも知れないけど、何らかの勝算があって起業を考えているのでしょうから、やらせておけばいいわけです。

 もちろん、「いつか自分でビジネスをしたい」という観点から、既存の企業を数年経験することは、ただ一生、他人に言われた仕事をする気でいる人よりは、何倍も多くのことを吸収できるでしょうから、そうした方がいいこともあるはずです。

 「何も知らない学生が、知識が無いばかりに大人に騙(だま)されて失敗したら、かわいそう」とも思いますが、一回も失敗せずに成功するなんてことは考えられないし、失敗するのは必ずしも悪いことじゃないわけです。橋下徹大阪市長は、学生時代に革ジャンを販売する仕事をしていた時に騙されて、手形法の勉強を必死にしたことで司法試験を受けることになり、弁護士になって、今は大阪市長になりました。最初から手形の知識があったら、今は革ジャン屋の社長だったかも知れませんが、それが橋下氏のために、また世の中のために、良かったのか悪かったのかは何とも言えないところです。一度起業したからといって、一生起業家をしなければならないわけでもないわけです。

回答例その2:
「昨今、起業がちょっとブームになって来ているのかも知れないが、社会はそんな甘いところじゃない。学生がいきなり起業して成功する確率は極めて低いぞ。」

 これは客観的な事実です。

 事実なので回答者は常識がある人だと思いますが、ただ当たり前のことを言っているだけなので、回答として面白くはないですね。(笑)

 ベンチャーは「常識」で成功するわけではなくて、「今までの常識を覆すようなことをする」から成功するわけです。「常識」を持っている人は日本に腐るほどいるので、そうした人の意見を聞けばベンチャーが必ず成功するかというと、そうではありません。

 学生がベンチャーを志す場合には、いろんな大人からこうしたことを言われると思います。ですから、こう言われて「そうか、学生が起業して成功する確率は極めて低いのかー。じゃあやっぱり無理だなー。」と思っちゃう人は、良くも悪くもそこまでです。出来る人なら、やれるならやれる、無理なら無理と(当たってるかどうかはさておき)自分で判断するでしょうから、やりたいならやればいいわけです。

 実際には、あまり才能のない人が起業してパッとしないケースの方が、大成功するケースよりはるかに多いはずですが、そういう才能が無い人が大企業に進んだ方が世の中のためになったかというと、それも何とも言えません。ですから、そういう人も起業したければ起業すればいいと思います。「才能がある」というのは事前に誰かが客観的に測定できる話ではなくて、実際に何かをやってみないとわからないことですから。

回答例その3:
「マイクロソフトのビル・ゲイツも、ヤフーのジェリー・ヤンも、グーグルのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンも、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグも、みんな学生だったじゃないか。社会を変えるような大成功をした起業家は、みんな学生か、アップルのスティーブ・ジョブズのように社会人になってからまだ間もない時に起業した人達も多い。」

 これも客観的な事実ですね。

 私はこうした回答が夢があって好きですし、起業を考えている人向けのセミナーの質疑応答では、こういうことを言った方が盛り上がります。

 ただし、冷静に見るとこれは「生存バイアス」がかかった話でもあります。起業を目指す人全員がラリー・ペイジやザッカーバーグになれるわけじゃありません。というか、そのレベルの成功をしているのは、世界に70億人いる人間の1億分の1レベルの一握りの人の話でしかないわけです。

 社会経験を積んでいろんな人と知り合いになり、他人があまり知らない裏の事情も知った上で「これは行ける!」と思って起業した方が、成功する「確率」は高くなって不思議ではないですね。しかし同時に、そうした長年の間に身につけた「常識」は、今までに無い並外れた発想を抑え込むことにもなりがちです。成功する「確率」は高くても、こぢんまりとした事業になってしまう危険もあります。

 以上のように、この質問は答えるのが非常に難しい質問です。

 「ベンチャーで大成功する」というのは、極めて件数が低い事象なので、「こうすれば必ず成功する」なんて法則は、あるわけがないです。

 私なんぞの回答を聞くより、本当の意味で成功した人の話を聞くのが有益かも知れません。以下は、有名な故スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの12分15秒過ぎからの部分です。

 (YouTube等で「Steve Jobs」「Stanford」等のキーワードで検索すると出て来ますので、聞いたことない人も何回か聞いたことがある人も、聞いてみるといいと思います。)

<Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of other's opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.>

 あなたの心と直感は何をすべきかがわかっているから、それに従う勇気を持ちなさい、ということですね。

 人の意見を聞いたり、いいアドバイザーに恵まれたりすることは重要ですが、私めが見るところでも、成功する起業家というのは、「誰かに手取り足取り教えられて」成功したわけじゃなくて、その人の内部に、成功するための「何か」が最初から備わっていた気がします。

 よく考えると、このスティーブ・ジョブズの言葉は「自己言及パラドックス」的で、この言葉自体も「ドグマ」であり「ノイズ」であり、素直に従っちゃいけないことになりますが、そうしたツッコミを許さない迫力があるところがさすがだと思います。

 (ではまた。)

磯崎哲也(いそざき・てつや)
 公認会計士・税理士、システム監査技術者。カブドットコム証券株式会社 社外取締役、株式会社ミクシィ 社外監査役、中央大学法科大学院 兼任講師等を歴任。著書「起業のファイナンス」、ブログ及びメルマガ「isologue( http://tez.com/blog/ )」を執筆している。




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2011年12月28日  読売新聞)

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