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(下)イヌワシ繁殖率減

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 日本の平均的な木造家屋の1億8000万戸分――。全国の森林の樹木の幹の体積を足し合わせた「森林蓄積」は一昨年、44億立方メートルに達した。1950年代の2倍を超える水準だが、この間、森林総面積は2500万ヘクタールでほとんど変わらない。「蓄積」の膨張は、伐採が先送りされ、木が高齢化して太くなった結果だ。


「樹冠」閉じ 狩りできず

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光が差し込んで下草が生い茂った列状間伐の森(岩手県岩泉町で)

 日本の平均的な木造家屋の1億8000万戸分――。全国の森林の樹木の幹の体積を足し合わせた「森林蓄積」は一昨年、44億立方メートルに達した。1950年代の2倍を超える水準だが、この間、森林総面積は2500万ヘクタールでほとんど変わらない。「蓄積」の膨張は、伐採が先送りされ、木が高齢化して太くなった結果だ。

 林業停滞で高齢林が増え、若い森は減り続ける。日本の人口さながらの森の高齢化は、そこに暮らす生き物にも影響を及ぼしている。

 森林総合研究所の山浦悠一研究員が、環境省が実施した78年と97〜02年の鳥類分布調査を比較したところ、樹齢8年未満の若い森を好む鳥の生息域が減少する傾向が見られた。

 具体的には、若い森で暮らすモズなどの留鳥(1年を通じて国内で暮らす鳥)の生息域は11%減少、カッコウなどの夏鳥(冬は南方に移動する渡り鳥)も27%減った。

 逆に成熟した森を好むメジロなどの留鳥の生息域は9%増加。夏鳥のコノハズクなどは17%減ったが、減少率は若い森を好む鳥より小さかった。

 大型猛きん類のイヌワシは、若い森を好む。全国の生息数は600羽弱。繁殖率の低下が報告され、絶滅が心配されている。その原因について、東北鳥類研究所(岩手県滝沢村)の由井正敏所長は「イヌワシの狩りに適した若い森が減った結果ではないか」とみている。

 岩手県の北上高地は、約30つがいが分布する全国有数の生息地。由井さんは79〜88年と、95〜01年のデータを使って、7つがいの繁殖成功率と、その行動範囲にある森林の樹齢の関係を分析した。生態系の頂点にいるイヌワシは、林内のノウサギやヘビを急降下して襲う。樹齢に着目したのは、森が成熟し、枝葉が茂る「樹冠」が閉じると、狩りができなくなるためだ。

 分析の結果、88年までの10年間は67%だった繁殖成功率が、95〜01年には27%に低下。この間、狩りに適した樹齢10年以下の針葉樹の人工林は77%減少し、伐採跡地の低木林や草地も43%減っていた。逆に、樹冠が閉じ始める樹齢11年以上の人工林は56%増えていた。

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樹木を立ったまま枯らす「巻き枯らし間伐」の森(群馬県内で)

 地球温暖化を招く二酸化炭素(CO2)を吸収する能力が注目される森林。政府の旗振りで、最近やっと間伐が進み始めたが、そのほとんどは間伐材を林内に放置する「切り捨て間伐」だ。

 高知市の中心部から北西に約40キロ。高知県いの町にある国有のヒノキ林には、ヒザの高さくらいの切り株が、立ち木の合間に点在する。間伐は本来、腰をかがめてチェーンソーで根元近くを伐採する骨の折れる仕事だ。ここではそれに代わり、もっと高い位置で切る「高切り」が行われていた。作業が楽なのだ。

 大地に根を張ったまま枯らす「巻き枯らし間伐」も全国に広まる。樹皮を一回り帯状にはぎ取り、光合成による養分が根に届かないようにする。群馬県内で見た現場は、ふつうの間伐を見慣れた目には、樹木の墓場のように映った。

 丁寧に間伐した美林を誇る林業経営者なら顔をしかめるような方法でも、間伐拡大のためには推進すべきだという声は根強い。だが、いずれの間伐現場にも、生き物の息づかいはほとんど感じられなかった。

 由井さんの案内で、岩手県岩泉町のイヌワシ生息地の森を見た。イヌワシが狩りをしやすいよう、カラマツの人工林を帯状に刈り取った列状間伐の森。そこだけぽっかり空いた夏空を見上げ、由井さんは「春先にはカタクリが咲き、ヒメギフチョウが飛び交う。イヌワシが狩りをしていることも何度か確認できた」と語った。

 生物をはぐくむ場という視点にたてば、森の間伐にも新たな意味が見えてくる。「若い森と老いた森、それぞれを好む鳥がいるように、生物の好む森はさまざま。『多様な森』が混在する森林管理が必要だ」と山浦さんは指摘する。

 樹齢50年を超える高齢林は現在、人工林面積の35%。林野庁は、その比率が10年後、67%に拡大すると予測する。単なる木材生産の場だった森を、豊かな生物多様性をはぐくむ森に変える工夫が求められている。(佐藤淳)

列状間伐
 質の悪い木から順に伐採して、質のいい優良木を残すのが、広く行われている「定性間伐」。これに対し、列状間伐は、あらかじめ伐採する樹木の量を決め、斜面の上下方向に帯状に伐採する。
 低コストで効率的な方法だが、林業の観点からは、将来高値で売れることが期待される優良木を切ってしまったり、不良木が残ってしまったりする欠点がある。部分皆伐と呼ばれることもある。
2009年9月3日  読売新聞)

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