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『災害論 安全性工学への疑問』 加藤尚武著

評・横山広美(科学コミュニケーション研究者・東京大准教授)

原発事故を哲学で切る

 まさにこうした本が読みたかった。震災、原発事故でこんがらがった糸がすっきり解かれていくようだ。

 「取り返しのつかない代替不可能な損害」は、たとえそれが「100年に1回」でも許容できないのが人間の判断である――安全性工学は、こうした基本的な考えをおろそかにしてはいなかったか。一見、合理的に見えるがその中に潜んでいる不合理などを明らかにする使命が、哲学にはあるという。たとえば、最低1000年は安全性を確保しなければならない廃棄物を収める建造物をつくるコンクリートは、そんなに長く安全な強度を保てるのかは、誰にもわからないであろう。

 独自の切り口は鮮やかでかつ厳しい。哲学者の著者は「原発事故によって哲学が挑戦を受けている」と感じていたという。豊富な知見から、工学、確率論、法学と分野をわたっての鋭い切り込みで論を展開する。

 印象的だった主張は二つある。ひとつは、安全・安心の確保にどこまで国が関与すべきかという点。19世紀の人々は自分で危険を判断すればよかった。しかし20世紀以降は個々で危険が判断できないほど科学技術が発展し細分化した。専門家による正しい情報の提供は国家の国民に対する強い義務である。対して、科学的な安全を越えて、心の問題や安心までも国家が担おうとすると、国家の権力が広がり危険である。

 ふたつ目は、情報をオープンにさえすれば合意形成ができるという楽観主義を「テクノ・ポピュリズム」と呼び、科学の結論が絶対なのだから従うべきだという考えを「テクノ・ファシズム」と呼んで、両方とも間違いであると指摘する点。その間でいかに合意形成をするか。まずは地震学と原子力工学などの学者間の十分な議論は欠かせない。これを食品分野では安全の科学的評価と管理で分けていた。科学的評価を見ながら、いかに未来への責任を果たすか。そのための足がかりが本書にある。

 ◇かとう・ひさたけ=1937年生まれ。哲学者、京都大名誉教授。著書に『環境倫理学のすすめ』など。

 世界思想社 1800円

2011年12月12日  読売新聞)

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