作家「大化け」に立ち会う幸福
『解錠師』 スティーヴ・ハミルトン
(ハヤカワ・ミステリ、1800円、越前敏弥訳)
犯罪小説なんですが、これは斬新。何より主人公・マイクの造形が秀逸です。
子どもの頃に悲惨な事件に巻きこまれて、言葉を失ったという、特殊な設定なのです。長じて「鍵を開ける」才能を発揮。高校生の時に犯罪に巻きこまれ、やがてプロの金庫破りに――。
物語は、マイクが金庫破りに手を染めた17歳の夏の出来事、その後の破滅に至る出来事を行きつ戻りつしつつ、彼の精神的な旅を追う展開になります。
「主人公がしゃべれない」設定故、一人称での心理描写に、特別の意味が出てくるわけです。せりふなしでも考えを表現できるわけで、小説ならではのテクニックですね。また、壊れたキャラにしてしまってもいいのに、あえて静かな男にしている分、マイクの悲しみがじわじわと伝わってきます。
そしてこの作品は、一人の作家が「化ける」瞬間に立ち会う幸福を味わわせてくれました。
ハミルトンは、オーソドックスなハードボイルドでデビュー。それが一転して、青年(少年かな?)を主人公にした犯罪小説に取り組んだわけですが、思い切りの良さと完成度の高さにうならされました。
読んでいて思い出したのが、デニス・ルヘインの大ブレークです。デビュー作以降、ウエットかつ残虐なハードボイルドのシリーズを書き続けてきたルヘインは、ノンシリーズの『ミスティック・リバー』で、一躍人気作家になりました。
映画にもなったこの作品で、ルヘインは本来のスタイルを保ちつつ、人間の業と苦しみを根源まで掘り下げました。
一方ハミルトンは、完全に別方向に振って、新境地を開いています。「金庫破り」のリアルさが注目されそうですが、堂場としては、一人の青年の魂の記録として読んでいただきたい。見た目の面白さの裏に見え隠れする暗闇が、心に染みるのですよ。
金庫破りのマイクは服役中。獄中で、転落の人生を振り返る。
最後に泣かされ、余韻の残る読後感。マイナス5点の理由=少しだけ、スピード感に欠けるかな。
堂場瞬一:1963年生まれ。警察、スポーツ小説で活躍。代表作に「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ。
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