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菅氏「期限付き独裁」の不発

研究員の顔ぶれ

調査研究本部研究員 笹森春樹

 菅首相が退陣し、平成で17人目の首相が近く誕生する。

 6月の退陣示唆後、あれこれと課題を打ち上げ、居座りを決め込んだように見えた菅氏も綸言汗のごとしで、一度口にした辞意をうやむやにすることはできなかった。

 菅氏の持論に「期限付き独裁論」というのがある。副総理・財務相当時の国会答弁を見ると、「議会制民主主義というのは期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだと思っているんです。……よほどのことがあれば途中で辞めさせますが、しかし、4年間は任せるけれども、その後の選挙でそれを継続するかどうかについては選挙民、有権者が決めると。あまりにも途中で替わると、そのことのマイナスが大きい」と語っている(2010年3月16日、参院内閣委員会)。

 これは何も菅氏の特殊な考えではない。イギリスに「選挙独裁(electoral dictatorship)」という言葉がある。議会軽視の批判的なニュアンスが込められているが、総選挙での勝利を基礎に、内閣(首相)が下院任期(5年。通常4年程度で解散)の間、強力な政治指導を展開することを意味する。サッチャーやブレアは、何回も総選挙に勝利し、長期間の「選挙独裁」をやってのけたわけである。

 菅氏の「期限付き独裁論」には、日本の首相が短命であることへの問題意識が働いている。菅氏の退陣前の異様な粘り腰は、地位に恋々とすることを見苦しく思う日本人の美意識にほど遠かったが、短命首相が続く中、出来るだけ長く続けることの意味を、自分なりに見いだそうとしたのであろうか。

 それはともかくとして、菅氏がいう「期限付き独裁」を成立させる制度的条件は、日本の場合ほとんどない。日本の首相は衆院総選挙に勝利しただけではその地位を維持するのに十分ではなく、参院選でも多数を得なければ、政権運営に行き詰まり、それが首相交代のきっかけになるからだ。

 これは英国と全く異なる事情である。英国第2院の貴族院には選挙がなく、しかも権限が弱い。だから、総選挙で勝利すれば「選挙独裁」と呼ばれる強力な内閣(首相)主導の条件が生まれる。近年、日本でも英国に倣って「マニフェスト」が導入されたが、下院の総選挙だけの英国と、衆参いずれかの選挙が1年半に1回(戦後平均。補選を除く)行われ、そのたびにマニフェストを掲げる日本とでは、前提条件が違いすぎる。

 民主党は「マニフェストは衆院の任期4年間で実現するものだ」と繰り返してきたが、昨年の参院選に敗れ「ねじれ国会」に陥った時点で、政権交代時の「09年マニフェスト」の前提条件が崩れていた。もっとも、既定経費の見直しだけで単年度に16兆円超の巨額財源を生み出せるとした内容自体に無理があり、先に、民主党の岡田幹事長が実現の見通しの甘さを謝罪したのは当然だった。

 要は、参院の権限が強く選挙が頻繁にあることなどが短命首相の大きな要因で、菅氏が理想とする「期限付き独裁」を阻んでいるということだ。これらは憲法の統治条文の欠陥といってよい。菅氏が「期限付き独裁」を真に必要と思うなら、退任後、憲法改正に先頭に立って取り組んだらどうか。

2011年8月24日  読売新聞)

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