売れ筋商品あえて廃止
JTB社長 田川博己(たがわ・ひろみ) 63歳
<1970年の大阪万博は、日本人の旅行スタイルも変えた>
大学4年生になった70年4月、日本交通公社(現JTB)に就職したての大学の先輩の言葉が、旅行業界を選ぶきっかけになりました。「今はお金やモノを動かす仕事が華やかだけど、将来は人を動かす仕事が面白くなる」というのです。
将来性を確信
当時は高度経済成長まっただ中。各地で高速道路の建設が進んでいました。ゼミの教授からも「(将来性がある)物流業界に行け」と言われていました。
万博以前の日本人の旅行は職場ごとの旅行を指し、帰省を除けば家族旅行はほとんどありませんでした。しかし、万博では、開催された半年間に国内外から6400万人が訪れました。会場で「交通公社」の腕章を付けた職員が団体客を誘導しているのを見て、旅行業の将来性を確信しました。
<入社2年目の72年に、破格の大型海外旅行を企画するチャンスを得た>
大分支店で、地元の名士に「旅行会社で何をやりたいのか」と聞かれました。ペルーのマチュピチュ遺跡に行ってみたいと話したら、「じゃあ、行こう」ということになったのです。
結局、添乗する私を含めた8人が、31日かけてカリブ海や北米、ハワイも回る大旅行になりました。
72年は、日本からの海外旅行者数がやっと100万人を超えた年でした。大卒初任給が5万円の時代に、旅行代金は1人あたり145万円もしました。
航空機の乗り換えは20回以上で、運賃計算を頼んだ日本航空では作業に2週間もかかりました。宿の手配は交通公社の米国駐在に頼みました。
行く先々では、交通公社の社員や現地の案内人が出迎えてくれます。旅行業は人手がかかる仕事で、我々8人の旅行が多くの人に支えられていることを身をもって知ることができたのは、貴重な経験でした。
<バブル崩壊後、海外旅行商品の見直しに直面した>
海外旅行営業部にいた94年に、海外旅行ブランドを「ルックJTB」に一本化しました。「パレット」という大衆向けのセカンドブランドを廃止したのです。
海外旅行者数は90年に年間1000万人を突破しましたが、バブル崩壊後、安い商品に流れ始めました。92年には利幅が薄いパレットの販売件数が主力のルックを抜いてしまい、会社にとっては都合が悪かった。
担当役員らはパレットの廃止を了承していましたが、各地の支店長は大反対でした。富裕層が主な客層のルックだけでは、他社の割安商品に客を奪われ、売り上げが減ると考えたのです。
現場の声を重視
「現場の声を聞いていないのだろう」とまで言われましたが、支店の窓口担当者には「ルックとパレットのどちらを売ればいいのかわからない」という戸惑いが広がっていました。こんな状態で業績が伸びるはずがありません。顧客に接する最前線の意見は大事にするべきだと思います。支店長は現在売れている商品を失うことを恐れたのでしょう。いざとなったら「あんたの部下に聞いてみろ」と言ってやろうと思いながら、半年かけて各支店長を説得しました。
<2008年に社長就任後、税引き後利益が2年連続で赤字になった>
社長になって3か月後にリーマン・ショック、翌年は新型インフルエンザと続きました。10年3月期の連結税引き後利益の赤字額は過去最悪の145億円でした。加えて、インターネット専業の旅行会社の攻勢も受けています。
08年度には全国に903店を構えていましたが、3年かけて不採算の約100店を閉めました。店舗営業をより活性化させる答えはまだ見つかっていません。しかし、欧州の旅行業者を参考に、来店客を待つのではなく顧客にキャンプなど体験型の小旅行を提案して旅行需要を掘り起こしたいと思います。
(聞き手 森田将孝)
(略歴) 1948年、東京都生まれ。71年慶大商卒、日本交通公社(現JTB)入社。米国法人日本交通公社副社長、専務などを経て、2008年6月から社長。自然環境に配慮した旅行を通し、地域の観光資源の保護などを推進する日本エコツーリズム協会の副会長も務める。
《こんな会社》
1912年、外国人旅行者向けに旅館や鉄道などを手配するジャパン・ツーリスト・ビューローとして創立。その後、日本人向け商品も手がけるようになり、63年に日本交通公社、2001年に現社名となった。国内外に約190のグループ会社を持ち、11年3月期の連結売上高は1兆1666億円で国内首位。09年度の取り扱い規模は世界4位(ユーロモニター調べ)。本社は東京都品川区。
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