現在位置は
です

トレンド

一覧
本文です

第21回 チャート分析、はまっていませんか?

 スポーツやゲームなどでも同様だが、覚え始めの時期に悪い癖が付くと後から苦労する。投資に関して、心配なのは、初心者向けの投資の入門書の多くが無批判にテクニカル分析を紹介していることだ。

 テクニカル分析は、多くの場合グラフを読むのでチャート分析などとも呼ばれるが、残念ながら、これを参考にして売買を決めようとする態度は「悪い癖」と言ってもいいと思う。

 テクニカル分析は、株価や為替レートのような市場で実現する価格の動きと、出来高などの取引データをもとにして、将来の価格を予想する行為だが、率直に言って役に立たない。しかし、テクニカル分析を包括的に否定するような実証データは存在しないので、いったんこれが有効だと思い始めると、深みにはまってしまう場合がある。

 包括的に否定するデータがないというのは、テクニカル分析には無数の方法を考えることが出来るので、それらの方法の一つ一つが有効である可能性をまとめて否定することが出来ないということだ。

 たとえば、過去の100日分と200日分といった価格の平均をプロットした「移動平均線」と呼ばれるグラフのパターンをもとに将来の価格の上下を判断する分析方法があるが、これは、平均を取る日数を変えることで無数の変種を作ることが出来る(たとえば25日と90日、といった具合に)。この有効性を実証データから検証するためには、それぞれの方法を多数のデータ(株式なら、偏りのない多数の銘柄について、長期間のデータが必要)について検証しなければならないが、全ての組み合わせについて検証することは事実上無理だ。

 テクニカル分析については、それを否定するデータを探すよりも、その有効性を納得的なデータで示した検証の有無を先ず考えるべきなのだが、残念ながら、統計的な常識から見て十分な検証を行った事例はごく僅かであり、筆者の知る限り、その結果は否定的なものばかりだ。

 また、仮に、ある方法がある時期に有効であったとしても、テクニカル分析は誰にでも出来る手軽な方法なので、模倣されることによって将来の有効性が無くなる公算が大きい。「多くの人が見ているから」という理由は、テクニカル分析の有効性を示唆するものではなく、むしろ有効性が乏しいと考えるべき理由なのだが、「自分は他人よりも上手く分析できる」と感じる人が多いせいか、誤解されていることが多い。

 年金の運用など、機関投資家の運用の世界では、テクニカル分析は有効な方法としては認知されていない。ファンドマネジャーが、顧客に対して、「実は、私はテクニカル分析で売買を決めています」などと言えば、運用契約の解約理由になりかねない。

 しかし、初心者向けの入門書などの中では、「ファンダメンタル分析によって銘柄を選んで、テクニカル分析で売買タイミングを考えましょう」といった形で、無批判にいくつかの方法が紹介される場合が多い。これは、はっきり言って、テクニカル分析なら誰でも出来るので、初心者の勧誘に便利だからという事情なのだが、困ったことだ。

 人間は、自分が努力を傾けた対象が意味のあるものだと思い込みたい傾向がある。テクニカル分析でも、何冊も本を読んで、方法をマスターするうちに、その方法が有効であると思い込む場合がしばしばある。

 殆どの方法は、当たり外れが半々なのだが(外れが明確に多いなら、それは逆の投資行動をすればよいのだから有効ということだ)、当たったケースの方だけを印象的に覚えることがあって、テクニカル分析にいったんはまると、ここに多大な時間と労力、そして、無駄な売買による手数料を掛けてしまう人が少なくない。

 チャートにはまってしまった人に一言だけアドバイスをすると、「トレンド」というものは、事後的にしか判断できないものだということを、多くの株価を見ながら「実感」してみて欲しい。事後的に見てトレンドの転換点になっていた点から先の株価の動きを隠して、その時点で自分はトレンド転換を判断できたかと自問してみよう。現在がそうした点ではない、と確信できる判断材料はグラフの中には無いはずだ。

 価格の変化や、売買代金の変化などは、それ自体が有効な情報を含んでいない訳ではないのだが、投資価値に影響するデータ(たとえば利益予想の変化など)と一緒に判断するのでないと意味がない場合が多い。マーケットはよく見るべきだが、チャートのパターンに頼って投資の判断を行うのは「悪癖」だ。悪い癖が付かないように注意して欲しい。

(道場主・山崎 元)

「山崎道場」は通常、毎週木曜日、午前中に更新します。

2011年2月3日  読売新聞)

 ピックアップ

トップ
現在位置は
です