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「つべこべ言わずにやってみろ!」の意味を考えてみた

 明けましておめでとうございます。

 昨年末の記事「学生がいきなり起業するのはいいことか?」には、FacebookやGoogle+、Twitterなどで多くのご意見をいただき、ありがとうございました。

 「学生のうちに起業すべきだ」「いや起業すべきではない」といったコメントを多数いただいたのですが、この記事で私が言いたかったのは、どちらが正しいかというよりも、「ベンチャーの判断というのは、すべてケース・バイ・ケースであって、『○○の方が絶対正しい』なんてことは、なかなか言えるもんじゃない」ということです。

 多かったコメントには、例えば、「そういう質問をすること自体、自信がないことのあらわれだから、そういうやつは起業なんかしない方がいい」というものがあります。私も第一印象としてはそう思ってしまうのですが、これも、よく考えると何とも言えないですね。起業家には自信満々で断定的な人も多いですが、成功している人の中には、当たり前とも思えるようなことについても、いろんな人の意見を慎重に聞いて意思決定するタイプの人もいるからです。

 「学生は金が無いんだから、親が金持ちのやつが起業すればいい」といったコメントを見かけてカチンときて、「親に頼って起業したようなやつが、うまくいくわけないじゃん!」と一瞬思ってしまいました。しかし、これも冷静に考えてみると、親から金を出してもらって成功した会社は結構あるんですよね。(もちろん、親に金を出してもらわないで成功したベンチャーも非常に多いですし、今や、学生に出資する人も増えていますが。)

 あのソニーですら、創業期(「東通工」時代)に、裕福な創業メンバーの親に何回も金の無心に行ったそうです。

 このように、ベンチャーについて「○○は××である」といった命題を考えると、必ずその反例が思い浮かびます。今まで様々なベンチャーが、生き残って成長するために、ありとあらゆることを試してきたわけですから、当然ですね

 ベンチャーに「絶対」は無いし、何がうまくいくかは、実際にやってみないとわからないことだらけなわけです。

 国ごとの状況の違いについても、頭をやわらかくして考える必要があります。

 「起業報告fromシリコンバレー」を書いている渡辺千賀さんがセミナーで、「シリコンバレーでは、テック系の会社は創業者/経営者自身が技術系でないと成功しないというのは、半ばコンセンサスになりつつある。後で外から経営者を連れて来ても、ほとんどうまくいかない」といったことをおっしゃっていました。これはシリコンバレーのように競争が激しい場所では、スピードが生き残りの鍵であり、迅速な判断や指示するためにはトップ自身が技術について理解できないとつらいからということが大きいんじゃないかと思います。

 しかし日本の、楽天、DeNA、グリーといった会社を考えてみても、創業者の方々は(もちろん、技術に関する理解力は平均的な人よりかなり高いと思いますが)、「技術者」とはちょっと違いますよね。海外出身のエンジニアに、「グリーの田中良和社長やウォンテッドの仲暁子社長は、それぞれ法学部、経済学部出身だけど、自分でもプログラミングを学んで開発の一部を担当していた(している)」という話をしたら、「海外じゃ、エンジニアが経営者になるという例はあっても、逆は聞いたことがない」と驚いていました。これは、田中さんや仲さんが優秀だということもあると思いますが、日本がシリコンバレーより競争がはるかに緩いからということもあるかも知れません。

 日米のベンチャー投資額は20倍以上もの開きがありますから、日本で1社しか取り組んでいない領域に、米国では10社が群がるといった光景が頻繁に展開されています。投資家や弁護士などのインフラが整っていてベンチャーの競争が激しいところでは、技術への対応力で勝負が決まる可能性が高くなると思います。しかし反対に、ベンチャーに関するインフラや生態系が未発達で人材の流動性も乏しい日本では、良くも悪くも、隠れたニッチが残っている確率も高く、一番技術力がある人が必要な資源をすべてそろえられるとも限りません。つまり、必ずしも技術力だけの勝負でなく、財務力や営業力、人脈など、いろんな特性を長所として活用できるチャンスがあるはずです。

 起業する前には、いろいろ迷って調べたり質問したりすると思いますし、基本的な調査は重要です。ただ、ネットを見たり、利害関係の無い人に一般論的な質問をしたりしても、直接に役に立つ答えが得られないことも多いと思います。

 一方、実際に自分で事業をやることになれば、その領域に関する情報はどんどん集まって来ます。実際に利害関係を持つ投資家や取引先などから得られる情報や、実際にモノやプログラムを作って得られる知見は、机上であれこれ考えているのとは、「濃さ」も全く違います。そのようにして集まった大量の濃い情報や知見を基に、寝食も忘れるほど熱中して事業について考えれば、起業家はいつの間にか「その領域に一番詳しい人」になっていきます。(もちろん、「その領域で一番詳しくなれないようなやつは生き残れない」ということもあります。)

 「イノベーション」とは「誰もやったことがないやり方を編み出すこと」なので、イノベーションを引き起こすようなベンチャーのやることというのは「誰もやったことがない」わけです。そして、誰もやったことがないことは誰も知りません。このため、ライバルに経営のスピードで勝てさえすれば、「ベンチャーをやること」によって、必然的に「その領域で誰よりも詳しくなる」はずなのです。ノウハウで他を引き離せれば、超過利潤も生まれやすくなり、経営も安定します。

 (これに対して「基本に忠実でおいしいスパゲティを出す店を出店する」といった起業は、(すばらしいことではありますが)、イノベーションの度合いは低いはずなので、一見、地に足が着いて安定しているようですが、よほど努力しないと他を大きく引き離すことにはならないかも知れません。)

 このため、ITなど、イノベーションの度合いが高いベンチャーほど、創業者は(良くも悪くも)余人に代え難い存在になっていきます。「日本の人は属人的な経営が好きだ」なんてことが言われますが、アメリカのベンチャーでも(AppleでもGoogleでもMicrosoftでも)、創業者は極めて長期間、会社に影響力を及ぼしています。先述の渡辺千賀さんの「後から経営者を連れて来てもうまくいかない」というのも、「実際にやっている人」と「やっていない人」の差が時間とともに大きく開いていくからだと考えれば、大いにうなずけます。

 誰もやったことがないことは、ゆっくり考えてから臨むほうがよさそうに思えますが、それを「つべこべ言わずにやってみろ!」というのは、「非科学的な精神論であって非常に乱暴な話だ」と感じる人も多いんじゃないかと思います。しかし、以上のように考えると、既に存在する領域で一見リスクが低そうな起業を考えるよりも、イノベーティブなことをやる方が、(日本のようにイノベーティブなことの競争が緩い世界では特に)、将来の安定したポジションを築けることも多いんじゃないかと考えられるわけです。

 以上、「誰もやったことがないことにチャレンジしようとしている人」の頭の整理になれば幸いです。

 (ではまた。)

磯崎哲也(いそざき・てつや)
 公認会計士・税理士、システム監査技術者。カブドットコム証券株式会社 社外取締役、株式会社ミクシィ 社外監査役、中央大学法科大学院 兼任講師等を歴任。著書「起業のファイナンス」、ブログ及びメルマガ「isologue( http://tez.com/blog/ )」を執筆している。


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2012年1月11日  読売新聞)

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