(1)「出番ないのがうれしい」…選手たち守る医療スタッフ
日本代表選手団本部メディカルスタッフ・奥脇透さん
アスリートが戦う相手は、外国の選手やメダルへの重圧だけではない。今回の五輪には見えない敵が存在した。世界をおおう新型インフルエンザウイルスという脅威が。
その戦いの前線に立つのがメディカルスタッフだ。選手団の健康を管理する。1月18日、東京都内のホテルで開かれた選手団の結団式・壮行会。式典のにぎやかさが静まったころ、奥脇透さんの長い一日も終わった。
土壇場で決まったワクチン接種
「ようやく、ワクチンを選手や役員たちに接種できました」
安堵した表情に、使命のひとつを果たした満足感が浮かんでいた。
新型インフルエンザのワクチンは、医療従事者や患者に優先的に接種された。健康な成人への割り当ては遅れ、代表選手らが接種できないという最悪の事態も予想された。
問題は土壇場で解決した。結団式当日になって、東京都が一般成人へのワクチン接種の開始を決定。朝から待機していた奥脇さんは、勤務先の国立スポーツ科学センター(JISS)のワクチンのほか、都内の病院からワクチンをかき集めて、結団式の会場へ急いだ。
接種を受けたのは選手・スタッフ計86人。結団式が終われば、選手はばらばらに出発する。まとめて接種できる「最後のタイミング」に間に合ったのだ。
診察通じてコミュニケーション
冬季五輪の代表選手団本部に、医療スタッフが組織的に常駐するようになったのは、前回トリノ五輪から。それ以前は、各競技団体がそれぞれ医療スタッフを派遣していた。けがや病気の予防や治療には、一貫した対応が欠かせない。
奥脇さんは前回に続いて2大会連続の参加。バンクーバー五輪では4人の本部メディカルスタッフの取りまとめ役を務める。ふだんはJISSスポーツ医学研究部副主任研究員。専門は整形外科医だ。JISSにはトップアストリートが治療やリハビリ、体調チェックに訪れる。奥脇さんは、診察を通じてコミュニケーションをとっている。競技会にも顔を出して、選手や担当医師らと交流を深めてきた。
「顔見知りになっておけば、選手が安心できる。本番でも競技に集中して、ふだん通りの力を出してもらえると思いますから」
新型インフルエンザ対策は、ワクチン接種で終わりではない。「手洗いとうがい。中でも手洗いは非常に効果があります。さっとアルコール消毒するだけでも違うと、選手にも話しています」
「いい成績が出る大会はケガも少ない」
バンクーバーで選手に何を望むのか?
すぐに答えが返って来た。
「怪我しないでほしい。ぼくらの出番がないのがうれしい」と。
選手がいつも通りの力を発揮するには、周りのスタッフがふだんと変わりない接し方をする必要がある。
「私たちメディカルスタッフは保険みたいなもの。いれば安心な存在なんです。活躍しないで済めば、それに越したことはない」
笑顔でつけ加えた。
「いい成績が出る大会は怪我も少ない。そうでない大会は怪我が多い。トリノの時は大変だったから、今回はなるべく働かずに済むように望みたいですね」
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