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国民の自衛隊になる日

調査研究本部 池村俊郎

 東、南シナ海における中国海軍の活動が、近隣諸国に不安のタネとなり始めている。日本政府も、防衛省が九州最南端の大隅海峡を望む無人島、馬毛島に基地を建設し、南西諸島防衛の支援拠点にする方針を打ち出している。

 鹿児島県・種子島の沖合に浮かぶ馬毛島は周囲16キロメートル。島をほとんど所有する建設会社が森林伐採した上で滑走路ごときものを造成し始め、そのタイミングを見計らったように、東京都・硫黄島で行われている米軍の空母離着陸訓練(FCLP)移転候補地に浮上したのは報道された通り。関係する種子島と世界遺産に指定された屋久島の1市3町は反対表明するが、馬毛島を行政区域とする西之表市では、「地元の活性化につながるかも」と賛意の人々もいると聞く。

 そんな折り、防衛省関係者による地元住民への説明会に参加させてもらった。そこである高齢の住民が口にした意見が耳に残った。

 「私たちは戦争を知る世代。それだけに国の防衛に役立つ自衛隊基地であるならば、本当はもろ手を挙げて迎えたい。しかし、なぜ素直にそんな気持ちになれないのだろうか」

 米軍の訓練基地になるから? 自衛隊の方針がよくわからない? 無人島をめぐる権益まみれのうわさ話に辟易しているから?

 この人の意見には、戦後の日本にあって、自衛隊と一般国民を隔ててきた心理的な距離感が、間違いなく反映されていると感じ入った。

 東日本大震災の被災地にかつてない規模で出動した自衛隊員の活動ぶりには、多くの賛辞が寄せられた。実際、被災地の宮城県・気仙沼を訪ねたとき、印象的な情景を見た。電気が途絶し、信号機の消えた交差点で交通整理のため、24時間、雨の日も雪の日も交代で立つ若い自衛隊員に向かい、さしかかった車の人々が必ず頭を下げ、謝意を伝えていく。そこには、日本人がまだ失わずにいる、慎ましくも相手を敬い、苦労に感謝する「こころ根」が表れていた。

 前大戦の深い傷が、制服組に対する反発や警戒心を多くの一般国民に植えつけてきたのは疑いえない。大震災が図らずも、これまで欠け落ちてきた一般国民と自衛隊員をつなぐ共通体験の場を与えたようにみえる。

 戦争を知る世代の住民が述べた意見に対し、壇上にいた防衛省関係者は一瞬、絶句してしまった。少年時代に戦争をくぐり、戦後復興を生きてきた日本人の「こころ根」から発した意見ゆえに、不用意な応答が許されなかったのだろう。いかに意をつくした専門的な防衛論議も、こうした住民の耳には届きようがない。

 国民と自衛隊の共通体験をいかに育んでいくのか。「国民の自衛隊」がいつの日か実現するとすれば何が必要なのかを、島の説明会で教えられた気がした。

2011年9月9日  読売新聞)

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