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Steve Jobs 彼は何者だったのか


米サンフランシスコで行われた「iPad2」の発表会に登場したジョブズ氏(2011年3月撮影)

 10月5日に亡くなった米アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏。世界のメディアはその死を悼み、功績をたたえる記事であふれかえりました。

 株式の時価総額がIT機器メーカーとして世界一に躍り出た絶頂期での死去。そんな要素も大々的な報道の一因になったのでしょう。

 ジョブズ氏の生涯と業績を世界のメディアはどのように評したのでしょうか。

 それを知るには見出しを見るのが一番でしょう。特に訃報や評伝の場合は見出しがポイントです。記事の書き手は故人の人となりや業績、歴史的な意味をどう総括しているのか。それがわずか数語に凝縮されているからです。

 世界の英語メディア(電子版)をざっと眺め渡してみると、最も多く使われていたのは、visionary (ビジョナリー)という単語でした。「先見の明のある人」「未来を描ける人」「将来を見通せる人」ほどの意味を持つ言葉です。

 英語の辞書を引くと、こんなふうに説明しています。

  a person with original ideas about what the future will or could be like

   将来の姿を独創的に思い描くことができる人

 ビジョナリーという単語は、日本でも数年前あたりからビジネスの世界で使われています。とくにIT業界などで、先駆的なビジョンを持って新しい世界を切り開いた経営者などを指す言葉として用いられてきました。いわば、一種のバズワードになってきたわけです。

 英語メディアも、ジョブズ氏を一言で表現するには、この言葉が最も適していると判断したところが多かったことになります。

 例を挙げてみましょう。

  Technology Visionary who Reshaped the World

   技術の未来を見通し、世界を作りかえた男

                  (英紙フィナンシャル・タイムズ)

  Apple's Visionary Redefined Digital Age

   アップルの先見者はデジタル時代を再定義した

                    (米紙ニューヨーク・タイムズ)

  Visionary Jobs 'Transformed Lives'

   先見の明のあるジョブズは暮らしの形を変えた(英BBC放送)

 もっとも、ジョブズ氏は様々な顔を持っています。visionary という一語ではとてもくくり切れません。以下、目に付いた見出しを列挙してみました。

  The Magician  魔術師(英誌エコノミスト)

  American Icon アメリカの象徴(米誌タイム)

  Designer First, C.E.O. Second

   何よりもまずデザイナー、そしてCEO(米紙ニューヨーク・タイムズ)

  He Brought the Show to Business

   ビジネスの世界にショーを持ち込む(米紙ニューヨーク・タイムズ)

  Against Nostalgia

   過去は振り返らない(米紙ニューヨーク・タイムズ)

  The Secular Prophet

   現世の預言者(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)

  Revolutionary

   革命家(米誌ワイアード)

  The Man who dared to think differently

   他人と違う考え方を恐れなかった男(インド紙エコノミック・タイムズ)

 見方が分かれるケースもありました。

 例えば、米誌フォーブスはこんな見出しを掲げました。

  Steve Jobs = John Lennon

   スティーブ・ジョブズはジョン・レノンだ

 これに対し、米紙サンフランシスコ・クロニクルは

  Steve Jobs Was a Tech Badass

   テクノロジーの世界の凄いやつだった

という見出しの記事の中でこう伝えています。

  He was the Rolling Stones to Bill Gate's Beatles.

   ビル・ゲイツがビートルズだとしたら、スティーブ・ジョブズはローリング・ストーンズだった。

 ところで、ジョブズ氏の死去が報じられた直後、11月下旬発売予定の伝記が一挙にアマゾンのベストセラーリスト(注文数)の1位に躍り出たそうです。

 この伝記のタイトルはどんな言葉を使ったのでしょうか?

 その答えは、シンプルに Steve Jobs です。

 結局、ジョブズ氏ほどの大物になると、ある言葉で捉えようとしても捉えきれない、ということなのでしょう。「スティーブ・ジョブズ」を超えるような、彼を表現するバズワードはまだない、とも言えるかもしれません。

スティーブ・ジョブズ氏死去を伝えた米誌タイムの表紙

 しかし、シンプルさという点では、上には上がありました。シンプルの極みと言ってもいいでしょう。

 それは、ジョブズ氏の死去を伝えた米誌タイムの表紙です。

 タイトルは一切ありません。ただ、アップルの初期のパソコン「マッキントッシュ・プラス」を抱えた若き日のジョブズ氏の白黒写真のみです。そして、小さな、小さな文字で、Steve Jobs 1955-2011 と添えられていま
した。

 ジョブズ氏を一言で評せば、何者だったのか? その答えはまだ簡単には出せないようです。

筆者プロフィル

大塚 隆一
1954年生まれ。長野県出身。1981年に読売新聞社に入社し、浦和支局、科学部、ジュネーブ支局、ニューヨーク支局長、アメリカ総局長、国際部長などを経て2009年から編集委員。国際関係や科学技術、IT、環境、核問題などを担当
2011年10月13日  読売新聞)

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