現在位置は
です

本文です
07 松井秀喜

(14)急上昇と急降下のシーズン

 9月29日、ボルティモア。ナイター前の打撃練習を終えると、腫れ上がった右ひざをトレーナーに見せた。プレーオフで仮に守備につくなら、最近は控えていた痛み止めの服用を考えていた。状態は悪い。4日の開幕まで、まだ日がある。ならば――。

 遠征先から1人、チームを離れ、ニューヨークでひざにたまった水を抜いた。レギュラーシーズンの最後を犠牲にし、ポストシーズンへ、その時できる限りの準備をするためだった。

 右ひざ痛。6月下旬から始まり、夏の終わりからはっきりと悩まされた。「ジェットコースターみたいなシーズンだった。ジェットコースターの醍醐(だいご)味は落ちるところなんだけど」。笑いの中に寂しさが漂った。

 シーズンを終え、2割8分5厘、25本塁打、103打点は例年並み、と言ったところ。9月に入ると無安打は11試合に上り、1割8分5厘、2本塁打、12打点。実にもったいなかった。

 だが、急降下は相応の高さなくしてあり得ない。7月は両リーグ最多の13発。3割4分5厘、28打点もハイレベルだ。「あれを続けられたら、世界記録を打っちゃう」と、おどけて言う結果は何も偶然ではない。

 スタンスを変え、構えをいじり、日々の試行錯誤が打撃の理想点に近づいた。下半身とうまく連動したスイングが独特の間を生んだ。ボールをよく、長く見られるし、スイングも速くて確度が高い。「技術で裏付けされていた」とはっきり言う。「そういう時期があり、あれだけ打てた。自信を持っていいと思う」。上昇の過程で見せたのは、並々ならぬ潜在力、底力だ。

 ひざ痛がなければと、周囲は勝手に思う一方、本人に立ち止まるヒマはない。今の自分の状態とスイングがピタリと来る感覚を手に入れたい。フォームを戻せば、同じように打てるというものではない。「良かった時のものにこだわることはしない。いいと思うことはどんどん取り入れていく」

 短期決戦の真っ最中。少しでもその片りんを見せたい。そうしてオフにはひざを治し、自主トレから来春のキャンプへ。少し自信を増した松井秀喜が、さらに高みを目指していく。(小金沢智、終わり)

2007年10月9日  読売新聞)
現在位置は
です