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08 松井秀喜

(9)かなうか戦列復帰

 ヤンキースのキャッシュマン・ゼネラルマネジャー(GM)は、苦笑交じりだった。「勇敢なハートを持っている。手ごわい男だよ」。手術をいったん回避する松井秀喜の熱意に結局、折れた。その経緯を考えれば、賛辞と皮肉、半々といったところか。

 手術に向け、流れは加速化していた。

 21日、ニューヨーク・マンハッタン。昨年11月に右ひざの手術をしてもらったロデオ医師に、腫れが再発した左ひざの最終判断を仰いだ。ここでも見解は要手術。ロデオ氏は北京五輪に出場する水泳の米代表チームを担当しており、23日以降は都合がつかない。駆け足のように手術日は、約24時間後となる翌22日昼過ぎと決まる。必要書類の記入まで済ませた。

 しかし、その3時間半後。ヤンキースタジアムのトレーナー室には、GM、ジラルディ監督、チームのハーション医師らに繰り返し、手術回避を訴える背番号55番がいた。「もう一回、プレーしたい」。GMも、さすがに驚いただろう。最終診断が下った後、GMはロデオ医師と電話で連絡を取っており、翌日の手術を把握していたからだ。

 診断後、球場に来るまでの数時間。葛藤(かっとう)を続けたのは確かだ。ふだん大食いの彼は昼、うどんにしか手をつけていない。「プレーオフに間に合う可能性はある」。医師は、わずかな望みを告げた。しかし、昨オフに手術した右ひざは、半年以上経過しても違和感が完全に消えない。10月まで2か月半を切っている。やはり、手術は今季絶望につながる。手術を先送りしてもう一度、リハビリが許されるなら――。外堀が埋まる中、小さな可能性にかけた。

 再発すれば今度こそ、やり直しはきかない。患部に細心の注意を払う、牛歩のような過程だ。28日から打撃練習を再開し、順調ならフリー打撃、走塁、実戦練習と段階を上げる。乗り越えても、機会がやすやすと回って来ると限らない。右肩痛のポサダも手術を回避し、復帰すれば指名打者候補だ。パイレーツとのトレードでは、外野にネイディが加わった。打率3割2分超の好打者だ。

 手術回避も重い決断。戦列復帰がゴールではない。まだ見えて来ない打席に立ち、そこで結果が求められる。「手ごわい男」。この言葉を完全な賛辞へ変えられるか。(小金沢智)

2008年7月29日  読売新聞)
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