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“本塁打増産フォーム” 考えに考え新境地へ

 この1年間で、コーヒーの入れ方に凝り始めた。朝、目覚めた直後に湯を沸かす。ペーパーフィルターに、ひいたコーヒー豆を詰める。注ぎ口の細い専用ポットから垂直に、円を描くように湯を落としていく。コーヒーの表面が盛り上がったら、手を止めて蒸らす。

 「うまい1杯が完成した日は、ずっと気分がいい。機嫌の悪い日は『失敗したな』と笑ってよ」

 すべての工程が、きちんと理由を伴って存在することに「感心する」。うなずきながら野球に思いをはせていたかどうか、定かではない。

 打席内で立つ場所が今季、前年より少しだけホームベース側に移動した。理路整然とした手順で打撃フォームを組み立てる左打者は、悩みに悩み、この変化を生み出した。

 わずかにオープンスタンスで構え、踏み込みの際は逆に三塁側へ、かぶせるように足を出す――。これが昨年のスタイルだ。フォーム全体のバランスを保った上で、打ちづらい外角球に対応するため、たどり着いた結論。初の打率3割台到達が、取り組みの正しさを証明してくれた。ただし、本塁打は減った。

 考えた。

 「できる限り長くボールを見たいのに、クロス気味に踏み出すと(窮屈になって)球を引き付けにくいんじゃないか」

 さらに、考えた。

 「(スイングを加速させる目的で)トップの位置とボールの間に一定の距離を作りたい。そこでテークバックを大きくしたんだけどね」。腕の引きと、斜め方向への踏み込みによって体がねじれる。反動で内角球をさばくときに、上体が開く。これはまずい。

 もっと、考えた。

 「踏み込みは、まっすぐ投手へ向けて。しかも、外寄りのボールへバットを届かせるには……」。答えは、ホームベースに近付いて立つことだった。

 オープン戦最後の5試合で17打数2安打。周囲が不安を口にする中、実は「以前との比較で言えば、『体重は(ホームベースを中心に)内へ残して、ステップは外へ』ってイメージかな。いい感触だよ。打球の飛距離も伸びた気がするね」と明かしていた。3日の開幕戦は、3ランなど4打数4安打4打点だ。理詰め、理詰めで手ごたえをつかみ、「新境地への扉を開いた」と解釈するのは、まだ早いだろうか。

 ところで、洗濯物をたたむのが“得意技”だという。

 「洗った服やタオルを丁寧に折って、寸分の狂いもなくクローゼットに重ねる。快感なんだよなあ。遠征に行くの、つらいもん。ごっそり服を取り出すと、せっかくの『山』が崩れちゃうから」

 シャツを1枚ずつ積み上げながら、野球に思いをはせているかどうか、定かではない。

 それにしても、大きな背中を丸めて衣類の形を整え、悦に入っている光景……。ちょっと怖い。(田中富士雄)

 ヤンキースの松井秀が、静かに燃えている。批判されるのを覚悟して、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への出場を辞退し、目標はワールドシリーズ制覇だけと再認識したメジャー4年目。担当記者が、その歩みを追う。

2006年4月5日  読売新聞)
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