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剛腕ハラデーに“片思い”

対決成長の物差し

 体の回転軸となる左足をバッターボックスの、ぎりぎりまで捕手寄りの場所に据えて少し考え、不思議な動きを見せた。その左足を投手側へずらし、あらためてセットし直し、バットを構えたのだ。

 近年のテーマは「できる限り長くボールを見る」。わざわざ相手との距離を縮めるなんて、やっぱりおかしい。記者の目の錯覚か。

 「いや、確かに前へ出た。『彼』はね、思い切ったことを試さないと、打てるピッチャーじゃないんだよ」

 彼――。ブルージェイズのロイ・ハラデーは、2003年にサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を獲得した剛球右腕。150キロを超えるボールが、ときにカット・ファストボール(カッター)となって懐へ食い込み、あるいはシンカーとなって逃げるように滑り落ちていく。一定の軌道から、どちらへ変化するのか、予想するのは極めて難しい。

 4月28日の今季初顔合わせ。ひそかにカッターを捨て、シンカーに狙いを絞った。ボールが遠ざからぬうちにさばこうと、立つ位置を変えた。

 第1打席の3球目、絶妙のシンカーに手を出せず、ストライク。カウント2―3で、6球目もシンカー。「反応しても凡打になる」素晴らしい球だから、あえて見送った。判定に耳をそばだてた。

 3年前の大リーグデビュー戦で、初打席に初安打、初打点を記録したとき、マウンドにいたのがハラデー。「あれは、ラッキーだっただけ」。以来、一流投手の典型を尋ねられるたびに、「彼」の名を挙げた。

 ただ、ライバルかと問われたら「違う」と答える。永遠の好敵手は、自らの理想像。しかも、「互いに認め合ってこそ、ライバルと言える。ハラデーは世界でも屈指のピッチャーだしね」。

 つまりは“片思い”。そのせいか、「毎回、出会うのが楽しみなんだ」。

 メジャーの壁にぶつかり、悩み、バットを振り、ハラデーとの対決を物差し代わりに、「松井秀喜」の成長の度合いを判断する。家の柱の前に立って背丈を測る子供が、刻んだ傷の高さを眺めて喜ぶ感覚に多分、それは似ている。

 さて、フルカウントで向かってきたシンカー。審判は「ボール」と宣告した。「試合中は真剣。後で冗談めかして考えた。『ハラデーから四球。これはガッツポーズ級の勝利だな』って」

 実は戦いを控え、「ゴロを打たされたら、おれの負け。フライかライナーならアウトでも、おれの勝ち」と一方的に決めていた。四回の第2打席は、3球目のシンカーを引っ掛け、ボテボテのゴロ。これが幸運にも内野安打となった。

 今回は1勝1敗ということで……。

 「おいおい、ヒットだよ、ヒット。勝ちでいいじゃん」と記者に抗議し、小声で付け加える。「そりゃあ、内容は完敗だけどさ」

 “両思い”になる日、いつになりますやら――。(田中富士雄)

2006年5月3日  読売新聞)
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