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55 奮起へ

(上)メジャー5年目 実戦へ本能覚醒

骨折した左手首「問題ない」

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奮起の5年目。順調な調整を続ける松井秀(清水健司撮影)

 松井は恩師を一晩、考え込ませてしまった。

 2月25日、味方投手を相手にしたフリー打撃。中前へ鋭い打球を飛ばし、本領発揮と思ったが、その直後、高めのボール球を空振り。半ば強引にも見えた大きなスイングは、よく言えば豪快、悪く言えば不格好……。

 「誰よりも痛烈な当たりを飛ばした後に、あの空振りは分からなかった。うーん、眠れなかったよ」。キャンプ中の教え子を見に来た星稜高野球部、山下智茂総監督はその晩、解答が見つからなかったという。

 その答えとは、本人にとっては、「あんまり深い意味はない」とあっさりしたもの。あえて言えば「怖さ」に集約されるだろうか。

 相手は、存在感を示したいメジャー2年目の若手。すぐにでも試合で投げられる仕上がり具合だ。対する5年目の正左翼手にとっては目慣らしの場。当然、「試合だから気持ちが入るのに、練習で試合と同じようなボールが来たら打てっこない。怖いし」。打者としての闘争心はオフ状態。生きたボールが怖ければ、正常な反応は続かない。

 ところで昨季、左手首骨折という野球人生で初の大けがを経験した彼には、別の怖さはないのか。「もちろん、完全には治ってないと思う」と認めはする。だが、強い口調で付け加えた。「右と同じか、といえば違うと思う。でも、野球をやるうえでは全く問題がない」。実際、昨年も124日ぶりに戦列復帰した9月12日以降、53打数21安打と4割近い打率を残していた。

 恩師を悩ませたのも実は、25日の一振りだけ。オフのトレーニングは「例年と全く一緒」。けがを乗り越えても、「学んだのは、けがはしない方がいいということです、へへへ」と笑う松井に、山下氏は「例年と比べて体が全然、大きく見えたし、精神的にも落ち着いている」と感じた。長年、接してきたからこそのオーラ、空気をかぎ取ったのだろう。期待は高まり、「今年、30本は打てる」と予言した。

 1日、オープン戦が始まった。左バッターボックスにはどっしりと構えた彼がいた。初打席で1球も振らずに四球を選び、2打席目は0―2から甘く入ったボールをオープン戦初スイングで、鋭く右前へ引っ張った。その後2試合も、振ればいずれも芯を食った当たり。そして、いずれも振るべき好球に手を出した。

 「ある程度、甘い球をちゃんと打てている」という感触はあるが、順調な滑り出しに甘んじず、これから実戦で感じた課題を練習で微調整する日々を繰り返す。違うユニホームを着た投手に対する3月。打者の本能は確実に、覚醒(かくせい)を始めている。

 松井のメジャー5年目が始まった。故障に見舞われ、4か月チームを離れた昨季を無念のシーズンとすれば、今季は奮起の年となる。(小金沢智)

2007年3月6日  読売新聞)
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