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55 奮起へ

(下)プロだから二者択一

 2000本安打。名球会への入り口だ。長嶋茂雄、王貞治……。「すごい選手しか打っていない」。子どものころは、雲の上の数字と感じたものだ。時を経て、日米通算であと13本に迫った松井は、打者の金看板とも言える数字をクリアした瞬間、何を思うのだろうか。

 本人は、拍子抜けするほど、特段の関心がないようだ。「うーん、今、自分が近くまで来て特別な感情はない。ピンと来ない。特別、目指している数字じゃないし、というか、目指してる数字なんてないんだけどね」

 なぜか。石川・星稜高、巨人、そしてヤンキース。すべて、その世界での頂点を目指すチームだ。そこで醸成されたものは、フォア・ザ・チームの精神。「ずっと、負けられない中でやってきた。野球は、状況や場面に応じて、その時にどんなプレーをするか。数字に縛られて野球をやりたくない」

 3月7日、オープン戦でさえ、無死二塁の場面で少なくとも進塁打となる右方向を強く意識し、引っ張れる球を待った。安打数より勝利の数が大事だ。今は、大リーグに移籍後4年間で届かない、ワールドシリーズ制覇を切に欲している。

 一方で、一つの記録が止まった。昨年5月11日、左手首を骨折したことで、連続試合出場が1768でストップ。これで今季、首脳陣が休養を与えやすくなった。完全休養でなくても、代打で出場というケースが何日か出てくるかもしれない。

 「それは間違いないだろう。チームも監督もフレキシブルにやりたいだろうし、十分理解している。従うよ」。淡々と認めた。もちろん我を通すつもりはないが、それでも本心は、「休みたいと思ったことなんてない」だ。

 迫る記録と途絶えた記録。それに絡み、あえて意地の悪いことを聞いてみた。

 チームとは、個々のプロの集まり。個人の数字も大事な要素ではないのか?

 「いいに越したことはない。でも、自分が活躍せずにチームが勝つのと、活躍して負けるのと、どちらか選ぶなら、自分が活躍せずに勝った方がいい」

 適度な休養が状態を上向かせ、結果的にチームへの貢献度が高まるかもしれないのでは?

 「休んだとしても次に打てるとは限らない。出続けたからといって打てないとも限らない。可能性がある以上、野球をやっている以上、僕は出たい」

 自ら発したシンプルな二者択一。常にフィールドに立てる自分でいることも、その上で自己犠牲をいとわないことも、松井にとってプロとしての責任なのだろう。(小金沢智)

2007年3月9日  読売新聞)
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