ニット・ザ・シティ〜街を編もう〜
この秋の海外出張の際、ロンドンのビクトリア&アルバート博物館で「KNIT THE CITY(ニット・ザ・シティ)」という本を買ってきた。「街を編もう」とでも訳したらよいのだろうか。
彫像に巨大なイカが絡んでいたり、ロンドンの電話ボックスが編み物で覆われたりと、表紙の写真に登場している編み物の作品がユニークで面白いのでつい買ってしまったのだが、開けてびっくり。かわいいだけの編み物の本ではなかった。
彫像は、「進化論」を唱えたイギリスの自然学者、チャールズ・ダーウィン。ロンドンの自然史博物館にある。そこに長さ8メートルもある手編みの巨大なイカを絡ませた。カラフルなニットで覆った電話ボックスは、いたるところに防犯カメラが設置されている国会議事堂のすぐそば。こんなことをして大丈夫なのか……。
そのほかにもマザーグースの童謡「オレンジとレモン」に登場するセント・クレメンツ教会の扉などに、編んだオレンジやレモンを飾ったり。思いもよらない場所に思いもよらない編み物作品が出現している。
これらはすべて「毛糸の部隊」と自らを呼ぶ編み物好きの女性たちがゲリラ的に行っている活動であり、ストリートアートだ。「グレーな街を編み物で楽しくしよう」というのが目的で、2009年から始めたらしい。公共の場に現れては、編み物の作品を飾っていく。その作品がなんともかわいい。そしてイギリス的な皮肉や毒もちりばめられている。
公共の場をこのような形で使うのは落書きと同じで良くないことではないかという議論もある。電話ボックスを飾っていたときには2人の警官がやってきたという話も本には書かれている。
編み物といえば、セーターなどを編んだりと実に個人的な行為だと思いこんでいたが、このように自由な発想で何かを訴える道具としての編み物があるんだということに気付かされた。
彼女らは神出鬼没で、次にどこに登場するかを知りたければ「フェイスブックやツイッターでフォローして」というところも面白い。イギリスのBBCニュースでも紹介されたこの活動は、オランダやドイツ、アメリカなどにも広がっている。
今、これまでの社会のあり方に対する不満が、世界各地で広まっている。エジプトをはじめとするアラブ諸国での民主化を求める運動のほか、失業問題や格差問題を訴えるためにアメリカから始まった反ウォール街デモなどだ。
世の中をより良い方向に変えていかなければならないという気持ちは誰にでもある。でも血を流すようなことだけは起きてほしくない。「KNIT THE CITY」の活動はアートであると同時に、毛糸もひとにやさしく、有効な“武器”になりうることを示しているように思える。
⇒Knit The City のホームページ(英語)
宮智 泉(みやち・いずみ)さん
読売新聞東京本社編集委員
東京生まれ。国際基督教大学卒業。1985年、読売新聞社に入社。水戸支局、地方部をへて、生活情報部。2009年1〜5月、カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院の講師を務める。同年6月より編集委員。ファッションやライフスタイル、働く女性の問題などを担当。
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