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企業ナビ特集

読売BtoSサロン 第7回

【Part 1】

今北 千佳氏/ユーピーエス・ジャパン株式会社 マーケティング部マネージャー

 
【Part 2】

増田 雅己氏/読売新聞東京本社経済部長

Part2世界金融危機がもたらしたもの

増田 雅己氏
読売新聞東京本社経済部長

米国型金融資本主義の暴走

 今回の金融危機によって今までの経済に対する考え方や物の見方、パラダイムの転換が試されているような気がします。行き過ぎた市場主義をベースにしたアメリカ型の金融資本主義が暴走し、市場にすべてを任せていれば何もかもうまくいくという考え方は間違いだったということがはっきりしました。

 象徴的なのが9月に経営破綻したリーマン・ブラザーズのようなインベストメントバンクのビジネスモデルが崩壊したことです。彼らは資本にレバレッジをかけて高収益を実現し、一世を風靡しました。日本の銀行や証券会社もそれを手本にしろとつい最近まで言われていました。

 何が失敗だったのか。高い利益を追求してリスクを積み上げ過ぎた。リスク管理の仕方がずさんだった。サブプライムローンのようなリスク商品とそうでない商品を組み合わせて、2次、3次と証券化を重ねて行き、最終的なリスクと価値が誰にもわからないような商品を作り、それに高い格付けを与えたのが間違いだった。あるいは先進各国がやった金融判断がバブルを後押した―――いろいろいわれています。その中でも特に金融機関の行き過ぎた利益追求、モラルの低下、政策当局の市場への過信が今回の問題の大きな原因になったと感じています。

ライブドア事件、村上ファンド事件との共通点

経営破たんした米証券大手リーマン・ブラザーズの本社ビル(2008年9月20日)

 これはつい数年前に日本で起きたライブドア事件や村上ファンド事件と相通じるところがあると思われます。ニッポン放送株の買い占めで一躍注目を集めたライブドアの堀江貴文元社長も、結局自分の会社の株価を上げるための偽計や粉飾決算の疑いで逮捕されました。「モノ言う株主」として知られた村上ファンドの村上世彰元代表もニッポン放送株のインサイダー取引の疑いで逮捕されました。2人とも企業は株主のもので、その株主を決める市場での競争の結果がすべてという市場万能主義を唱える一方で、強烈な利益追求に走ったのが特徴です。

 堀江元社長は「人の心はお金で買える」「法に触れないことなら何だってできる」と言っていました。村上元代表も「お金もうけの何が悪いんですか」「金融のルールは法に触れるか触れないかの世界で、そこに道徳的な判断が介在する余地はない」と言っていました。そういう利益追求と市場主義が結び付いて起きたのが日本の2つの事件です。その時にライブドアのニッポン放送株の買い占めの資金調達を助けて、自分でも巨額な利益を上げたのが今回破綻したリーマン・ブラザーズでした。

金融市場、金融機関への規制強化へ

 10月に開かれた金融サミットでは、すべての市場、参加者、商品が規制や監督の対象になるべきだと共同声明に盛り込まれました。これまで規制が緩かったり、監督の対象になっていなかったヘッジファンド、格付け会社を含めて規制強化が検討されます。市場への介入をためらうアメリカ的な考え方と、以前から規制が必要だと主張していたヨーロッパの考え方に多少の温度差は残っていますが、流れとしては規制強化されると思います。

 今回の危機の震源地となったアメリカの住宅バブルは、2001年からのITバブルが崩壊した時に先進各国が金融緩和を大々的にやったのが原因だと指摘されています。今回また世界の中央銀行が利下げをどんどんやっています。バブルがはじけるとその後始末のために金融緩和する、それがまた新しいバブルを生み出す、の繰り返しをいつまでも続けていたのでは進歩がありません。

 グリーンスパンFRB前議長は「金融政策でバブルの発生を防止するのは難しいので、はじけた後で金融緩和を急激に行って実体経済への悪影響をやわらげるのがベスト」というグリーンスパン・ドクトリンを主張しました。そこから一歩踏み出た新しい金融政策手法が出てこないか注目しています。

世界経済の構造変化

 今回の金融危機がもたらしたパラダイム変換をもう1点挙げると、アメリカの過剰消費に頼っていた世界の経済構造が変わらざるを得ないことだと思います。アメリカの家計部門は住宅バブルを背景に借金を積み上げ、それを消費に回していました。ある外資系証券会社によると、99年末から2007年末に米国の家計所得は1.5倍になったが、住宅ローン残高は2.4倍も伸びている。その間貯蓄率は低下し、所得の伸びを上回る借金を積み上げて消費にまわしていた。アメリカの旺盛な消費は日本や中国などからアメリカへの輸出を拡大します。2002年頃からの世界好況はこのような背景があったわけです。

 2007年4月に開かれたG7の共同声明では「世界経済は過去30年以上経験したことがない力強い持続的拡大を維持しているんだ」と宣言していました。ところが今回のアメリカの住宅バブルの崩壊で一気に状況が変わった。アメリカの家計部門は借金ができませんから、消費水準を落とさざるを得ません。そうすると他国にとってはアメリカ向け輸出に頼ることができなくなります。アメリカの過剰消費にとって代わるような新しいエンジン役が必要になる。日本やヨーロッパなのか。それとも中国や新興国なのか。

落ち込む米経済

 このような状況の中で内外の景気動向はどうかというと、しばらくの間はつらい時期が続くと思います。第1にアメリカ経済はしばらく低成長を続けざるを得なくなる。7‐9月のアメリカ実質GDP成長率は、0.5%のマイナス。個人消費はマイナス3.5%と、約30年ぶりの大きなマイナスとなっています。

 読売のニューヨーク特派員からも「車のディーラーにお客さんが来ない」「来ても自動車ローンを組めないので車が買えない」「高級スーパーの顧客がウォルマートのような低価格店に流れていく」「スターバックスから客が減ってマクドナルドが繁盛している」という報告が入ってきます。それが企業の生産活動に影響して、雇用の削減を通じて消費に跳ね返る。銀行が貸し渋り・貸しはがしをして企業の経営を危うくし、それが銀行の経営に響き金融不安につながっている。そういう負の連鎖がアメリカで始まっています。

 当面はビッグ3がどうなるのかが焦点です。仮に議会で150億ドルのつなぎ融資が認められてもひと安心ではない。他の産業から何で自動車業界だけ救うのかという声も出てくるでしょうし、そもそもビッグ3のビジネスは、日本車と比べて競争力がなくなっている。ここで助けたとしても延命が図られるだけで、アメリカ産業界の競争力を向上させるにはマイナスではないか。オバマ新政権にとって悩ましい問題です。結局アメリカも日本がかつてやったように産業再生機構のようなものを作って、不良資産の処理と産業の立て直しをセットでやらなければならないと私は見ています。

後手に回った米政府の金融危機対応

 実体経済が悪くなっているアメリカですが、金融不安も収まりそうにはありません。サブプライムローン問題で金融機関が抱えた不良資産の処理が進んでいないためです。アメリカは金融機関への公的資金注入には積極的ではありませんでした。ところが欧州勢が先行してやったことと、株価の下落に背中を押されて、公的資金注入を行いました。大手銀行から始まって規模の小さい銀行にもやると決めています。さらにポールソン財務長官が、資本注入の対象をノンバンクにも拡大すると発表しましたが、金融機関からの不良資産買い取りは当面やらないと言ったのは驚きでした。

 今回の問題も日本の時と同じで、根本的に解決するには金融機関から不良資産を切り離して処理する必要がある。公的資金は注入するが、不良資産はそのまま抱えているのでは、今後の市況によってはさらに損失が拡大して公的資金をもっと補わなくてはいけなくなる。そういう心配があるので、金融機関は新しい融資は積極的にやれない。ポールソン長官が示した新しい方針は失敗するのではないかと感じています。

日本の景気悪化も深刻化

日経平均株価が7162円の終値をつけた株価を示すボード(2008年10月28日)

 日本のケースを振り返ると、不良債権問題が深刻な問題となったのは、94年、東京の2つの信用組合問題の頃からです。政府が公的資金を6850億円投入すると決めたのは95年の年末でした。ところが、この時国民の強い批判を受けたため銀行への公的資金注入はなかなかできなかった。97年に山一證券、北海道拓殖銀行がつぶれて、98年に日本長期信用銀行、日本債券信用銀行がつぶれた。99年3月にようやく本格的に公的資金を注入が行われた。最初から数えると5年かかっています。

 こういう対応の遅れがその後のデフレ不況を招いてしまったのをアメリカはわかっていたはずですから、今回の危機はもっとうまく対応できると思っていましたが、今までのところはそうでもありません。アメリカ経済が本格的に回復してくるのは2010年以降と見る人が多くなっています。

 日本経済は2002年の2月から始まった戦後最長の景気回復が去年の年末に終わったようです。正式な判定はもう少し時間がかかると思いますが、景気後退局面に入ったといわれています。日本企業はバブル崩壊後の不況を乗り切る過程で設備、雇用、債務の3つの過剰をきちんと処理をしてきたため、今回の景気後退はそれほど深刻なものにはならないだろうと当初は見られていました。ところが今回の金融危機でガラリと状況が変わってしまった。7‐9月期のGDP改定値は実質成長率が1.8%のマイナスで、10−12月の鉱工業生産も前期比で2ケタの落ち込みになりそうです。非正規雇用者を中心にリストラの動きも加速しているので、消費のほうも先行き期待はできない。

内閣支持率急低下

 麻生さんが政局より景気対策だと選挙を先送りして追加経済対策、雇用対策のとりまとめに動いたのは妥当な判断だったと思います。その割に国民の評判はよくない。内閣支持率は大手新聞社の調査ではいずれも21%か22%です。

 これはどういうことなのかというと、経済対策の効果が期待できないと国民が感じているからだと思います。追加対策のメーンは定額給付金ですが、非常に不評です。同じ金をかけるなら違う方法があると感じる人が多いと思います。定額給付金の景気下支え効果は年ベースで実質GDPを年ベースで0.1%から0.2%押し上げるのにとどまると見られています。一方、8月から10月の株安、円高で年間のGDPは1%程度押し下げられると言われています。それに比べると定額給付金は大きな効果が期待できるものではないということになります。

強まる政治不信

 政局より経済対策と言っていた麻生さんなのに、2008年度第2次補正予算案はこの国会には提出しないと言っています。これも国民からするとわかりにくい。民主党は国民生活が第一だと言っていますが、改正金融機能強化法を補正予算案の国会提出を迫る駆け引き材料に使って、なかなか成立させようとしなかった。国民生活が第一と言っていながら、実は政局優先、政府与党を解散、総選挙に追い込むことのほうに力を入れている。

 今日は金融危機でパラダイムが転換をしていると話しましたが、政治のパラダイム―――政治家の言葉と行動が一致しないのはよくあることで、政局や選挙を目前にするとその傾向に拍車がかかる―――こそ変換してほしいと考えております。