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「キツツキと雨」(角川映画、オフィス・シロウズほか)

きこり、映画監督 通う心

 「ゾンビ映画」の撮影現場は、いかにも楽しそうだ。監督の掛け声で、談笑していた俳優がゾンビになりきり、まさに映画の一場面が眼前に繰り広げられる。大勢のエキストラ、俳優の動きを追うカメラマン――。

 山間(やまあい)の村での撮影風景がユーモラスに描かれ、最初はいぶかしげだった、きこりの克彦(役所広司=写真左)が、いつの間にかスタッフの一員となって、協力しているのも、うなずける。

 しかし、楽しいのは、あくまではたから見ているから。スタッフはロケ場所やエキストラを探すのに走り回り、俳優はテストを繰り返す。一切の責任を負わされる、弱冠25歳の監督、幸一(小栗旬=同右)の苦労は言わずもがな。台本を手にうーんと悩み、スタッフや俳優に指示を出せず、彼らの注文に困惑するばかり。

 そんな若者の姿に共感できるのは、幸一の困惑は、誰もが経験しうるはずのものだから。自分の周囲のことにしか関心がなく、他人との共同作業を嫌うような、今風の若者なら、なおさらのこと。映画の撮影現場というと特殊な場所のようだが、夢見た仕事と現実とのギャップに苦しむ若者は、どこにでもいそうだ。

 弱気な若者に手を差し伸べる克彦自身も変化する。定職につかない自分の息子(高良健吾)を見放した彼は、やりたいことをやろうとしている幸一に共鳴し、温かなエールを送る。幸一が少し成長するように、克彦も心を開いていく。上から下への押しつけでなく、双方が変わっていくのが、理想的な親子のように見え、ほほ笑ましい。

 2人の距離が縮まっていくのを、セリフでなく絵で見せるのが面白い。共同浴場のやりとりでは、離れて湯につかっていた2人が、体を浮かせながら、だんだん近付いていく。のりを食べながら、将棋をさす場面は、食堂で向きあってあんみつを食べる場面につながる。克彦のとる行動によって、2人の間の距離はついには解消されるのだ。

 沖田修一監督は、前作「南極料理人」でも、人間関係のおかしみに、優しいまなざしを向けた。日常の描写を丁寧に積み重ね、南極での生活が、普通の人間の営みのように見えた。「キツツキ――」も同様。役所、小栗の好演を得て、ユニークな人間描写に磨きがかかった。昨年の東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞したのも納得の出来だ。2時間9分。角川シネマ有楽町など。(近藤孝)

2012年2月10日  読売新聞)

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