japanification 世界が恐れる「日本化」
7月30日発売の英誌エコノミストは日本でちょっとした話題になりました。
表紙を飾ったのはアメリカのオバマ大統領とドイツのメルケル首相の似顔絵。目を引くのは二人とも和服姿の点です。メルケルさんは日本髪まで結っていました。
表紙のイラストには、以下のような見出しが付いていました。
Turning Japanese --- Debt, default and the West's new politics of paralysis
進む日本化−−借金、デフォルト(債務不履行)、マヒし始めた欧米の政治
読んでわかるように「日本化」はここでは悪い意味で使われています。この見出しを受けた巻頭の記事は、次のように手厳しい内容でした。
「オバマ大統領もメルケル首相も財政赤字の削減やユーロ危機への対応で痛みを伴う決断を避け続けている」
「こうした現象は初めてのことではない。日本では20年前にバブルがはじけて以来、指導者たちが問題をずるずると先延ばししてきた」
「欧米諸国で同様のことが起きれば、その結果ははるかに深刻なものになる」
「日本のように決断を先延ばしすれば、問題の解決は難しくなる。欧米の指導者はこうした前例を忘れてはならない」
政治の指導力の不在という「日本化」が進めば、欧米の経済危機はさらに悪化し、日本の「失われた20年」のように大変な事態になるぞ、と警告しているわけです。
英誌エコノミストは「日本化」を Turning Japanese(ここでの turn は become と同じ意味です)というフレーズで表現していますが、欧米のメディアでは昨年夏ごろから、「日本化」を意味する別の単語もよく見かけるようになりました。
その一つが japanification(ジャパニフィケーション)です。
例えば、米紙ニューヨーク・タイムズは昨年10月の記事で、アメリカの経済について「エコノミストの間では japanification(日本化)を警告する声が出ている」と報じました。
japanification の意味については次のように説明しています。
「消費者が消費を拒み、企業が投資を控え、銀行が現金を抱え込んで、日本と同じデフレのわなに陥ること」
長いデフレで経済が活力を失うことを「日本化」と呼んでいるわけです。
米紙クリスチャン・サイエンス・モニターのオンライン版も同じ頃、次のような見出しの記事を載せました。
Would 'Japanification' be so terrible?
「日本化」はそれほど恐ろしいことなのか?
もう一つ、まったく同じ意味で、japanization(ジャパナイゼーション)という言葉もよく使われています。例えば、米経済誌フォーブスのオンライン版は7月、次のような見出しの記事を載せました。
The US and the world economies cannot avoid Japanization
米国と世界の経済は日本化を避けられない
世界の新聞や雑誌のデータベースを調べてみると、japanification の方がjapanizationよりもやや使用例が多いようです。アメリカの著名な経済学者のポール・クルーグマン氏は前者の japanification の方を使っています。
この二つの言葉は元々、かなり違った意味で使われてきました。
japanization は欧米の辞書も古くから採用されている言葉で、例えば、第2次世界大戦中は、日本語の強制などを通じて日本の植民地の人々を日本人に同化させる「皇民化」の政策や教育を示す言葉として使われました。
同じ「日本化」でも、japanification の方はまだ人々の間に広く定着した言葉にはなっておらず、主要な辞書にも載っていませんが、近年は日本の文化やアニメにからんで用いられることが多かったようです。2008年には次のようなタイトルの本も出版されています。
The Japanification of Children's Popular Culture: From Godzilla to Miyazaki
子供のポップカルチャーの日本化−−ゴジラから宮崎駿まで
こうしたケースでの japanification は、アニメなど日本が誇る現代の文化の魅力や影響力を反映して、ポジティブな意味が込められています。
しかし、昨年の夏ごろから、メディアに登場する japanification はほとんどの場合、日本の低迷する経済にからんで使われています。残念なことですが、ネガティブな意味の方が勢いを増してきたことになります。
言葉は生き物です。その意味は時代や状況を反映して変わっていきます。どんな言葉もこうした流れに逆らうことはできませんが、japanification が再び前向きで、肯定的な意味やイメージを強める日が来てほしいものです。
筆者プロフィル | |
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大塚 隆一
1954年生まれ。長野県出身。1981年に読売新聞社に入社し、浦和支局、科学部、ジュネーブ支局、ニューヨーク支局長、アメリカ総局長、国際部長などを経て2009年から編集委員。国際関係や科学技術、IT、環境、核問題などを担当
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