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家計救う給付型奨学金(1)

機会均等は教育の最も重要な理念だが……

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小林雅之(こばやし・まさゆき) 1953年生まれ。放送大学助教授などを経て東京大学・大学総合教育研究センター教授。専攻は教育社会学。近著に「進学格差―深刻化する教育費負担」(ちくま新書)

 奨学金問題を20年以上研究していますが、この1年くらい、急に大きな問題になってきて、色々な機会に取り上げてもらえるようになってきました。機会の均等は、教育で一番重要な理念です。スタートラインが違ったところで競争しろと言われても非常に難しい。せめて社会に出るスタートラインは同じにする。そのためには、教育は平等に受けられることが非常に重要になってくる。今日のような社会では最低限の条件かもしれません。同時に、有為な人材になろうとした人が、教育を受けられないことで能力を発揮できないという問題があります。人材が有効に活用できなければ社会的損失です。だからこそ、機会均等は、教育を考える場合に一番重要な理念の一つなのですが、日本の高等教育では具体的な政策はあまりないのです。

 一つは地域間格差の是正です。47都道府県の大学短大進学率を見ると、一番高い東京は7割を超え、低い沖縄、鹿児島あたりと4割近い差があります。大学は東京と関西に固まっていて、文部省は、できるだけ地方の人も自宅から通学できるように大学をつくっていくという考え方で、是正政策をとってきました。1975年からは大学を大都市でつくらせないという政策で地方を振興しようとしました。この結果、格差は少し縮まった。ところが、1990年から18歳人口が急増しました。第2次ベビーブームの人たちです。現実に大学に入れないという問題が起きてきますので、今度は大学を拡張します。その中でまた格差が広がってしまっているわけです。

 そして、もう一つが奨学金中心の政策です。しかし、高等教育の中でずっと大事だと言われながら、それほど重視されてこなかったのが日本の現実の姿だと思います。

学生生活調査の信用度

 所得階層間格差については、これまで全国規模の調査がありませんでした。文部科学省が長く続けてきた学生生活調査(2004年から独立行政法人日本学生支援機構が実施)と社会学者のSSM(社会移動)研究グループの調査で、お互いに証拠を示しながら対立する結果が出ている。前者は、格差が非常に縮小している、後者は、格差は拡大するか、少なくとも縮小はしていないという結論です。また、SSMのグループは、経済力の差が学力の差を生み出して、それが進学格差につながっているということも明らかにしました。

 もし全く所得にかかわりなく平等に大学に入っているなら、所得層を五つに分けると、すべて20%ずつになるはずですが、学生生活調査では、国立大学はつい最近までは20%より上、つまり、所得の低い人のほうが多いという結果になっていました。しかし、個々の大学で事情が違う。よく言われるのは東大に高所得層が多いことです。5割以上の人が年収1000万円以上です。しかし,所得の低い人も多い。450万円以下の層は1割余りいます。

 全体としては東京の国立大学は非常に所得の高い人が多い。東京の所得水準が高く、ある程度の所得水準でないと生活費を負担できないから、地方から進学しにくい。それと学力の問題が重なっています。ところが、地方では、かなり所得の低い層が国立大学に行っており、国立大学全体では所得階層の低い人たちが結構行っていることになる。ただ、これが疑問視されてきています。

 私立大学はもっとドラスティックです。1000万円を超える最も高い所得層が非常な勢いで減っている。1968年からのデータで見ると、社会全体ではその高所得層の2割の人たちが45%を占めるに至ったのに、現在では20%を切っている。本当にこんな変化が起きているのかという批判があります。

 奨学金の基礎調査として各大学の学生部が実施するのですが、奨学金を受けている学生を多く対象にしてしまっていないかという指摘がある。実際、調査では日本学生支援機構の奨学金を受けている人が従来から3割以上います。しかし,現実の学生数で割ると、現在で3割ですが、かつては2割ほどだった。

 一方で、SSMの調査は、サンプル数が非常に小さい、全国調査ではないという問題があって、本当に全国の実態を正確に把握しているものはなかったのです。

私立大で顕著な所得階層と進学率の関係

 そこで、東大の大学経営・政策センターが2005年に初めて行った全国規模の調査が注目されました。高等教育のグランドデザイン策定のための基礎的調査研究が目的ですが、その中で、私がかかわった全国の高校生4000人とその保護者に対する調査を行いました。進路希望がどう形成され、どう決定されるかを追いかけました。進学や就職をして、もう1回進学したいと思っているか、逆にやめたいと思っているかを1年後、2年後、3年後という形で追跡しています。保護者には最初の1回だけです。現実的に進学について考える時期に、進学するなら教育費をどう負担するのか、奨学金はどう考えているのかを聞いたわけです。対象は公立高校か私立高校の全日制で、保護者と同居している人に限っています。1地点10サンプル、400か所でとりました。

 その結果、国公立大学は大体、所得階層とあまり関係がない。低所得層の人も行っています。ある程度、学生生活調査の結果が正しいことを裏づけました。問題は私立大学です。400万円以下の所得の人が二十数%。1000万円以上の人が45%ぐらいいて、かなり高くなっています。最も高い所得層が私立大学には多くないのですが、それは国公立大学に行っている人と浪人が結構いることによります。進学率全体で見ると、やはり所得階層と非常に相関が強く、特に私立大学で顕著だということです。これに地域差などをかけると、もっと大きな差が出てきます。

2009年11月24日  読売新聞)
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