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朝食とれば頭・体さえる(1)

子供たちはなぜ遅刻するようになったか

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小沢治夫(おざわ・はるお) 1949年生まれ。東京教育大学大学院体育学研究科修了。筑波大学付属駒場中学高校教諭、北海道教育大学教授を経て、2007年から東海大学体育学部教授。医学博士。専門は保健体育科教育学・発育発達学研究。早寝早起き朝ごはんの習慣が学力も体力も向上させることを提唱して、全国を飛び回っている

 メディアの力は良くも悪くも非常に大きいです。

 十数年前に神戸で起きた校門圧死事件は、遅刻指導をしていた先生が閉めた扉に女子高校生が挟まり、頭の骨を折って亡くなった悲惨な事件です。指導に大きな問題があったのは紛れもない事実です。しかし、あのときに、なぜ日本の子供はこんなに遅刻するようになったのか、メディアが切り込んでいたら、今の日本の教育はここまで大変なことにはなっていなかっただろうと思っています。

 駒大苫小牧高校の野球部が二度にわたって不祥事を起こしたとき、私は「学校の責任はもちろんあるが、日本の子供がなぜこんなにも外で酒を飲み、たばこを吸うようになったのか、原因はどこにあると思いますか」と申し上げました。私たちの調査によると、高校生の約半数が家庭で勧められて飲んだり吸ったりするようになっていました。学校では様々な時間を使って禁煙教育や酒とのつき合い方を教えています。それでも、子供たちが飲む、吸うというのは、社会に大きな問題があるということです。

 今日は、体力の低下、学力の低下、意欲の低下、健康の悪化がなぜ起きているのか、できるだけデータを示して話したいと思います。

力を出し切る授業 体力テストにも工夫を

 よい授業が展開されていなければ、子供たちの体力も学力も下がるのは当たり前です。私はかつて、体育雑誌の特集記事で、日本で一番受けたい体育の授業として紹介されたことがあります。子供たちが思いっきり力を出す授業が、どんな教科でも欠かせない。私の授業は儀式行動を大事にします。まず、あいさつをしよう。そして、いいプレーのときは、思いきり喜びを表現しようと言います。授業にのめり込めば、子供たちは汗をいっぱいかき、結果として体力はついてくるはずです。

 よい体育授業の条件とは、雰囲気がよく、勢いがあることです。子供たちから歓声が上がる、称賛の声が出る、声援が送られる、子供同士が教え合う。日本体育大学の高橋健夫先生が、約200の授業をビデオに撮って分析した結果、この四つの因子が抽出されました。子供たちがはね上がったり、ガッツポーズをしたり、そうした姿を全部データで分析した結果です。

 よい授業のためには、よい教材で、熱意を持って、上手に教えなければならない。ゴーヤは苦いですが、チャンプルーにしたらうまくなる。体育で言えばゴーヤは長距離走や鉄棒です。サッカーなら「ゲームをやるよ」でみんな大喜びです。生で食べられる。すばらしい料理人の腕を持った教師に出会った子供たちは体育が好きになります。そうした料理人に出会わなかった高校生は、自己肯定感も低く、学校が好きでなくなります。

 北海道で、1学年の生徒300人の3分の1が2年生になったら学校に来なくなってしまう高校に入り込み、重くないボールを使う軽量バレーボールをすることにしました。あっという間にラリーがつながって、生徒たちはものすごく喜んでやるようになった。その結果、欠席率が半分になりました。

 体育が得意な子と不得意な子が混在しているときは、真ん中に焦点を当てると、伸びる子と伸びない子で差が大きくなっていきます。最初は、なるべく下位の子供に焦点を当てた教材を上手に料理します。集団の差が小さくなった上で真ん中に焦点を当てると、みんな伸びていきます。最後に、一番難しいことにチャレンジすると、みんな引っ張られていく。こうした3段階モデルをきっちり教師が展開できるかも極めて重要です。

 授業は道具一つで変わります。ある小学校では、子供たちが集中していなかった走り幅跳びの授業で、ちょっとした道具を使って意欲をかき立て、改善しました。スポーツ新聞をつくるということも、もう十数年間にわたってやってきました。大学でも、学生に、学内の選手やチームを取材させて新聞にする授業を展開しています。

 体力テストは、先生も子供もやりたくないものになっている。なのにやっている。その本質についてメディアに書いてほしかった。子供たちが思いきり頑張ってやって、そこから学ぶものがなければいけない。うちの学生たちは、旗をつくるなどしてみんなで盛り上げてしまいます。子供たちが選手宣誓をやる。校長先生も出てきて、ほかの学年の子たちも注目する。今の子供たちは、力を出し切れない、出し切らない、の両方です。体力テストは楽しい、こんなふうにしたら速く走れる、ボールを遠くへ飛ばせるとわかって、記録も出せて、チャレンジしていくという授業化に取り組んでいます。

体験の重要性と脳科学

 次は体験の問題です。MRIで脳の血流量が多いところを調べてみます。難しい暗算や切り紙をやっているときは血流量が増え、テレビゲームや漫画をだらだら見ているときには減ります。集団遊びは、脳の血流量を増加させます。だから学校で学習材として戦術学習をやる。新しい学習指導要領でも、授業で、サッカーをただやるのではなく、サッカーを通して何を学ぶのかをより明確にして授業を展開しようということになっています。

 私たちは、音譜を見て手で体をたたき、足踏みをするボディーパーカッションを授業に取り入れています。お互いに呼吸を合わせながらやったときに脳の血流量が、がぜん上がる。みんなで力を合わせることが大事になります。こうした授業や体験によって、脳の前頭連合野が発達すると言われています。前頭連合野は、意欲、注意力、集中力、感情や行動の制御、好奇心、探究心、心を読むことなどにもかかわっていると言われています。さまざまな不可解な事件は、前頭連合野が働かない日本人が増えた結果と見ることができるかもしれません。

2009年11月25日  読売新聞)
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