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ジェラール・バッセ Gerard Basset

世界最優秀ソムリエ

6度目の挑戦で世界の頂点 科学を身に着けた鉄人

優れたテイスティング
無駄のない所作
日本酒の試飲でも的確にコメント

 伝えずにはいられなかった。52歳の鉄人がサンティアゴで起こした奇跡に感動したことを。

 「あなたの勝利はキンシャサの奇跡を思い出させてくれた」

 四半世紀かけて王座にたどり着いた。6度目の挑戦でつかんだ世界最優秀ソムリエの栄冠。モハメド・アリが1974年にジョージ・フォアマンにKO勝ちし、チャンピオンに返り咲いた快挙をしのぐかもしれない。

 初来日したバッセは人懐こい笑みで、私の意見にうなずいた。

 各国代表が頂点を目指す世界最優秀ソムリエコンクール。英国代表として出場し、1989年と2000年は、決勝に進出できなかった。92、04、07年は2位に終わった。2位でも十分と、あきらめたことはないのか?

 「いや。挑戦をやめようと思ったことはない。夢は抱いたら、必ず実現しなければいけない。自分を満足させられないから。私は世界一になるという目標を設定したんだ。優勝した人間に嫉妬したことはないかと? それはない。負けたのは私の責任だから」

心理学者まで雇ってチーム結成 ビジネス書から学ぶ

 世界コンクールへのアプローチは科学的だった。心理学者や記録係、仲間のソムリエを含むチームを結成。メンタルな状態まで管理した。記録した用語からイメージをふくらませ、ソムリエからは質問を受けた。ワイン購入やコーチを雇う資金調達のため、スポンサーを探し、環境を整えた。ビジネス書を読んで、成功や勝利の秘けつを学んだ。

 「大志を抱いたら、自分を信じて、目標に焦点を絞るのが大切。運は自分で作るものだ。あるプロゴルファーの名言にある。『練習すればするほど、運はついてくる』と。トレーニングを重ねれば、緊張していてもサービスの動作は自動的に出てくる。メールや電話は後回し。自分勝手でなければ。トレーニングに集中しなければ」

 集中力とセルフコントロールのレベルが高い。

 「何かを達成しようとしたら、明確な最終ゴールを設定すること。例えば、ただやせたいというのではなく、体重を68キロまで減らすというように。私の目標は世界最優秀コンクールに勝つことだった」

 現在のバッセはワイン界唯一の四冠王だ。89年にサービスの頂点に立つマスター・ソムリエとなり、ワイン界最高資格マスター・オブ・ワインは98年に、ボルドーワイン研究でMBAを07年に取得した。最後のタイトルが世界最優秀ソムリエだった。3度も世界2位に輝いているが、妙なプライドはない。コンクール前には、他流試合で鍛えた。ロンドン郊外の3つ星レストラン「ウォーターサイド・イン」で、無給の見習いソムリエとして働いたのだ。店のソムリエも困っただろう。

3つ星レストランで他流試合 見習いとして訓練

 「白紙の状態で自分をテストするのが重要だ。若いソムリエとして扱ってくれと頼んだ。グラスやボトルがどこにあるのかもわからない。緊張感のある中に自分を置いた。コンクールはビジネスやスポーツのようなものだ。戦略がなければ勝てない」

 未知の環境でのサービスは、コンクールの仮想訓練でもあった。アスリートが世界レベルの競技会で調整し、五輪の金メダルを目指すのと似ている。何の世界でも頂点への道のりは似ている。

 失敗から学ぶのも大切だ。ファイナリストにも残れなかった2000年大会。その原因を冷静に分析した。

 「マスター・ソムリエもマスター・オブ・ワインもとって、だれもが私の優勝を予測していた。しかし、著書の執筆に追われて、3か月間しか準備期間がなかった。準備不足だった。最高の状態で臨めず、サービスのテンポが遅く、ミスもした。07年に勝てなかったのは、38番目の出番となるクジを引いて、長く待つストレスに負けてしまったから」

最後の支えは妻

 サイボーグのように鍛え上げた鉄人。最後の支えは家族だった。バッセは04年まで10年間にわたり共同所有していたホテル・グループを売却し、07年から妻ニーナと共に「ホテル・テラ・ヴィーニャ」を経営している。ロンドンから2時間のハンプシャー州にあるブティックホテルだ。

 「私は朝の6時に起きる。妻は毎朝、6〜7種類のワインやスピリッツのブラインド・テイスティングの準備をしてくれた。非常に感謝している。妻がいなければ挑戦を続けられなかった」

 優勝したステージで妻への感謝を表し、一人息子ロマネを呼んで抱き上げた場面は感動的だった。

 世界チャンピオンになったソムリエの多くは、現場に立つよりも、ワインビジネスの方面に進む。バッセもホテル経営を含めて、ビジネス面を強める予定だ。

 「優勝は長い旅の通過点にすぎない。ワインは私に多くの喜びをくれた。ワインには、いまだに新鮮な発見があるし、挑戦がある。毎日、向上している。13年に東京で開かれる世界最優秀ソムリエコンクールに再びやってくるよ。今度は選手ではなく、審査員としてだがね(笑)」

テキスト&フォト 山本昭彦

プロフィール


 ジェラール・バッセ氏 Gerard Basset
 世界最優秀ソムリエ

 1957年、フランスのサント・エティエンヌ生まれ。英国に渡り、ソムリエとしてキャリアをつむ。88年のソぺクサ全英ソムリエ選手権優勝に始まり、長く英国の頂点に立ち続ける。世界最優秀ソムリエコンクールは92年(リオ・デ・ジャネイロ)、04年(アテネ)、07年(ロードス島)が2位に終わり、10年のサンティアゴ大会で優勝。89年にマスター・ソムリエ、98年にマスター・オブ・ワイン、07年にMBAを取得。11年に大英帝国勲章(OBE)を受勲。

2011年11月28日  読売新聞)
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