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(1)ILC「ノーベル賞」で急加速

 ノーベル賞の「日の丸」4本は、久しぶりの明るいニュースだった。未曽有の経済危機の中、未来を切り開く科学技術への期待は高い。科学技術創造立国・日本の抱える課題を、科学研究の「評価」という視点でとらえ、明日を展望することから、連載を始めたい。

政治主導 見えぬ評価

 長さ40キロもある直線の地下トンネルで、光速近くまで加速した電子と陽電子を衝突させ、宇宙誕生の「ビッグバン」を再現する――。国際リニアコライダー(ILC)は、世界の素粒子物理学者が構想する次世代の大型加速器だ。質量の起源となるヒッグス粒子の性質を突き止め、宇宙の進化の謎を解くと期待される。

 ILCの建設費は現在の見積もりで8000億円。米国は一時期、誘致に前向きだったが、巨費に二の足を踏む。文部科学省もILCには消極的だった。

 そんな中、日本の素粒子分野の3氏が、物理学賞を独占した昨年のノーベル賞は、ILCを巡る状況を大きく変えた。

 「物質の起源を探るILC建設に、日本政府として本格的に取り組む時が来た」。ノーベル賞の興奮がさめやらぬ、発表翌日の10月8日。河村建夫官房長官は定例記者会見で、唐突にILCの国内誘致に前向きな姿勢を表明した。

 同月10日の閣僚懇談会でも与謝野馨経済財政相は「日本の得意分野を強化するため、総理にもぜひ理解いただきたい」と発言した。

 ILCは2020年頃の稼働を目指しており、誘致の決定はまだ数年先。文部科学省に事前の話はなく寝耳に水だった。

 政府中枢の政治家が一つの科学計画に立て続けに言及するのは異例で、影響力は大きい。ILCが一躍脚光を集めたことは、皮肉なことに、科学の大型計画をどう「評価」し「選択」するのか、システムの不在を浮き彫りにした。

 与謝野経財相や、河村官房長官、鳩山由紀夫民主党幹事長らは昨年7月、国の動きに先駆けて、ILC誘致を推進する超党派の議員連盟を結成した。

 素粒子物理学者たちは、議員側と接触を重ねていた。議員を加速器施設の見学に招いたり、若手研究者と議員秘書らが、誘致についてひざをつきあわせ、議論を重ねたりしていた。働きかけは功を奏しつつあった。

 素粒子分野のノーベル賞は、河村官房長官がILC誘致を提起して、議論を巻き起こす絶好の機会だった。

 駒宮幸男・東京大素粒子物理国際研究センター長は「若い人に夢を与え、派生技術が日本に残る。何より世界の頭脳が日本に集まる。実現には政治家のイニシアチブが必要」と強調する。

 昨年6月には三菱重工業、東芝、日立製作所などが参加した先端加速器科学技術推進協議会も発足。産業界にも期待が広がる。大型計画は、科学研究の大義とは別に、巨大な公共事業という側面も持つ。

 だが、未曽有の経済危機で、研究費全体の伸びが期待できない中、科学者たちも「他人の財布」に無関心ではいられない。「一部の研究者が政治家を頼って、公共工事のようにILCを進めたら、素粒子以外の予算が削られ、影響は避けられない。日本の科学は崩壊する」と、批判の声が上がる。

 一方、文科省でも、研究者が政治家に頭越しに働きかけたことへ反発が残る。

 政官学の思惑がバラバラな中、大型計画を幅広い視野から評価し、より公平に選ぶための模索も始まった。

 「学者同士が、学術的な必要性を本気で議論してこなかった。分野を超えて大型計画を比較し、メッセージを発していくことが大切」。日本学術会議の金沢一郎会長は、過去の反省を込めてこう語る。

 同会議は昨年10月、「大型研究計画検討分科会」を設けた。メンバーの大垣真一郎・東京大教授(都市工学)は「巨額な税金を投入する大型研究の推進には、社会の理解が欠かせない。透明で中立的な立場で全体を見据え、国民や政治家が、正しく判断できる材料を提供したい」と意気込む。だが、早くも「批判合戦では科学全体がダメになる」と懸念の声も出ている。

 社会への説明責任がこれまで以上に問われる中、科学者の世界を代表する機関の意義も問われている。

2009年1月11日  読売新聞)

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