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海外ミステリー応援隊【番外編】 2011年総括座談会

海外ミステリー応援隊【番外編】 2011年総括座談会
2011年の海外ミステリーについて語り合う(左から)堂場、井垣、永嶋の3氏(読売新聞東京本社で)=杉本昌大撮影

 2011年は、海外ミステリーの“当たり年”。今回は、本よみうり堂トレンド館で連載中の、「堂場瞬一の海外ミステリー応援隊」番外編として、私、堂場が、編集の現場で活躍する東京創元社の井垣真理さん、文芸春秋の永嶋俊一郎さんとともに、この1年を振り返りました。

 “ミステリー愛”にあふれた座談会では、傑作を紹介しつつ、話題は「若者に海外ミステリーを読んでもらうには?」にまで及びました。

   

世界の長・短編大豊作…やはり新作「007」、「犯罪」不思議な味、北欧モノ健在

■今年のオススメ

 堂場「まず、自社のオススメ、年末年始に読みたい1冊をご紹介下さい」

 永嶋「やはりジェフリー・ディーヴァーの『007 白紙委任状』ですね」

 堂場「スパイ小説の名作・007シリーズを、巨匠ディーヴァーが新作として書き下ろした1冊です」

 永嶋「翻訳小説に距離を感じる人は多いですが、これはそんな方にも楽しめる作品です。007映画ファンの人ももちろん、ディーヴァーならではのどんでん返しもありますから」

 堂場「ただ、“どんでん返しのディーヴァー”としては、少し原作に遠慮した感じもあります」

 永嶋「代わりに、アクションシーンが満載です。これと、スティーブン・キングの『アンダー・ザ・ドーム』と、ジェイムズ・エルロイの『アンダーワールドUSA』がオススメですね」

 井垣「ドイツ発のフェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』です。現職の弁護士が書いた短編集で、これがミステリーと言えるかどうか、という問題もありますが、ミステリー的な読み方はできます」

 堂場「犯罪実話的な感じもありますが、不思議な味わいの1冊ですよね。僕は、今年のベストに推します。ちなみに今年は、ドイツのミステリーの傑作が何冊か紹介されました。ゾラン・ドヴェンカーの『謝罪代行社』(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワ文庫)や、ラルフ・イーザウの『緋色の楽譜』(東京創元社)。少し理屈っぽい感じもしますが、どれも面白い」

 井垣いい紹介者の方(『犯罪』『緋色の楽譜』を訳した酒寄進一氏)に出会えたのが大きかったですね。今までドイツの物は発掘できなかったのですが、まだまだ隠れている傑作があるに違いない、と思うのです。英米仏の作品は、社内の人間で探せるんですが」

■欧米以外も発掘

 堂場「ドイツ以外にも、世界各地には面白いミステリーがまだ埋もれていると思いますが、どうやって見つけているんですか? 今だと、ネットの評判なども参考になるのでは?」

 永嶋「そういう情報は拾えますが、現地で売れている小説が、日本の読者に合うかどうかは別問題。だいたい、検討した本のうち、実際に日本で出版できるのは5%を切ってるんじゃないかと思います」

 堂場「そんなに厳選しているんですか……。スペイン語圏はどうでしょう。中南米とか、面白いミステリーがありそうですけど」

 永嶋「純文学の傑作がたくさん出ていますからね」

 井垣「いくつか気になる物はあるんですが、日本で受け入れられるかどうか、まだ手探り状態です」

 堂場「北欧モノは相変わらず人気ですが、へニング・マンケルの「ヴァランダー・シリーズ」(創元推理文庫)が気になります。最新作『背後の足音』で主人公が糖尿病になってしまいましたが、これからどうなるんですか?」

 井垣「それが……意外な展開があるんです(笑)。このシリーズは、初めはなかなか火がつかなくて、そろそろ打ち切ろうか、という状況から盛り返したんですよ」

 堂場「ほかにも、南アフリカが舞台、なんていうのもありましたね。ロジャー・スミスの『はいつくばって慈悲を乞え』(ハヤカワ文庫)は強烈でした」

 永嶋「あれはすごかったですね」

 堂場やっぱり南アフリカは、まだ社会状況が悪いんだと実感しました」

 永嶋「平和な社会では破天荒な物語を展開するのは難しい。社会の成熟度と物語のカラフルさは反比例するところがあるような気がします。でも南アにはまだ法の手の及びにくい場所がある。つまり新たな物語の可能性があるということですから、これは非常な発見だと思います」

 堂場「あとは、やはり中南米が気になりますね」

「大人の文化」復権を

■若い読者獲得したい

 堂場「翻訳モノのミステリーは不振が続いていると言われていますが、打開策について考えていきたいと思います」

 永嶋「個人的な印象では、不振といっても、3年前に底を打った、と思っています。2009年からは豊作が続いていますよ。質がすごく高くなっている。必要なのは、我々の側の情報発信でしょうね」

 井垣「ツイッターを利用したり、簡単なチラシを作って書評家の皆さんにお送りしたり、そういう努力は続けています。家内制手工業のようなものですけどね」

 堂場「創元さんは、新装版や、復刊をだいぶやられましたよね」

 井垣「翻訳の宿命で、どうしても文章が古くなってしまう、ということがありますから。古い訳のままだと、若い読者に、『古くさい、読めない』と敬遠されることにもなるので、徐々に新訳に切り替え始めています」

 堂場「それだけ長く出し続けている、ということでもありますよね。今の話の関連で言えば、新しい読者、若い読者をどうつかむかが、今後の課題ではないでしょうか。今の若い人は、あまり海外ミステリーを好まない、という話もあります」

 井垣「創元推理文庫が、2009年に創刊50周年を迎えた時に、歴代の売り上げを調べてみました。エラリー・クイーンの『Yの悲劇』などは、50年前からあるんですが、それよりも、刊行して20年くらいの宮部みゆきさんの作品の方がずっと売れているんです。わざわざ翻訳ものを読まなくても日本人によるハイレベルな作品が読める、ということなのかもしれませんね」

 堂場「創元推理文庫といえば海外ミステリーのイメージが強いんですが、実際には国内作家の方が売れているという……」

 永嶋「小説に限らないんですけど、1990年代から2000年代にかけては、音楽も映画も、日本人好みにカスタマイズされたものに、世の中の興味が集中してしまったと思います。異文化よりも、共感しやすい物に流れたのかな、という感じです」

 堂場「我々海外ミステリーファンとしては、読んでいない人にこそ読んでほしい、と強く願うんですけどね」

 永嶋「異文化に触れると楽しいよ、というのを伝えていきたいですね。海外から学ぶ事は何もない、という感覚は危険です。海外ミステリーは“大人カルチャー”だと思いますけど、“大人だからこそ楽しめる文化”の復権が、鍵を握るのではないでしょうか」

 堂場「逆に、YA(ヤング・アダルト=児童文学と一般文学の間の層を対象にした小説)的なミステリーを発掘して、若い人に紹介することはできないんでしょうか」

 井垣「うーん、それは難しいですね。そういう作品もあるんですけど、そこまでいくと、読者層がまるで見えなくなってしまうと思います」

 堂場「読者層がない?」

 井垣「今のところ、そういうことになると思います」

 堂場「僕たちが若い頃は、海外ミステリーを読んで、少し背伸びした気分になるのが楽しみだったんですけどね」

来年も力作期待

■個人的オススメ

 堂場「自分の読書遍歴の中で、これは絶対にオススメだ、という本を教えてもらえますか?」

 永嶋「僕は、ディック・フランシスの競馬シリーズですね。80年代の冒険小説ブームの頃、中学生でしたが、読んでいました。『興奮』『度胸』(ハヤカワ文庫)――全て傑作です」

 井垣「自社もので申し訳ないのですが、S・J・ローザンのビルとリディアのシリーズですね。非常に面白いのに、期待ほど売れていないんですが……。これはぜひ読んでほしいと思います」

 堂場「このシリーズは、主人公が2人。1冊ごとに交互に語り手になって、飽きさせません。現代ハードボイルドの良心ですよね。それでは最後に、来年はこれが一押し、という1冊を紹介して下さい」

 井垣「アイスランドの警察小説があります。これが目玉で、夏頃には出版予定です」

 堂場「アイスランドを舞台にしたのは、珍しいですね」

 井垣「あとはドイツの作品ですが、ヒトラーが台頭する頃の時代を背景にした警察小説ですね」

 永嶋「『CRASHERS』です。アメリカの航空機事故調査チームの物語で、登場人物一人一人のキャラクターが立っている。ディーヴァー型のサスペンスと言っていいでしょう。日本初訳の作家になります」

 堂場「どうやら来年も力作ぞろいになりそうですね。今から楽しみです」

  •  永嶋俊一郎氏(ながしま・しゅんいちろう)
     文芸春秋出版局。1971年生まれ。『神は銃弾』『ウォッチメイカー』『P・G・ウッドハウス選集』などを担当。
  •  井垣真理氏(いがき・まり)
     東京創元社取締役編集部長。1952年生まれ。担当作品に『薔薇の名前』『北壁の死闘』『ジョン・ランプリエールの辞書』『忘れられた花園』などがある。
  •  堂場瞬一氏(どうば・しゅんいち)
     作家。1963年生まれ。代表作に「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ(中央公論新社)など。最新作は『ヒート』(実業之日本社)。

(2011年11月29日  読売新聞)




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