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海外ミステリー応援隊【2011年回顧】 欧州の「移民問題」軸に

海外ミステリー応援隊【2011年回顧】 欧州の「移民問題」軸に
堂場さんオススメの5冊。後ろは、様々な出身地の移民が行き交うノルウェー・オスロのグルンランド地区。ノルウェーでは今年、移民問題を背景にした連続テロ事件が起きた。

 作家の堂場瞬一さんが翻訳ミステリーの最前線を紹介する「海外ミステリー応援隊」。今月は通常のコーナーに加え、混沌(こんとん)とする世界情勢を反映して多様化してきたこの1年の翻訳状況を振り返ります。

 ヨーロッパで今、「移民」が政治・社会の火種になっています。7月には、ノルウェーで連続テロ事件が発生、容疑者は「ノルウェーと欧州をイスラム化から救うためだ」と供述し、移民政策のきしみが露呈しました。

 この事件があったせいでもないでしょうが、特にヨーロッパのイスラム系移民問題を軸に据えたミステリーが目立ちました。

 デンマークを舞台にする『特捜部Q―檻(おり)の中の女―』(ハヤカワ・ミステリ)では、主人公の警部補のパートナーがシリア系の青年です。楽しい小説ですが、随所に移民を取り巻く難しい状況が紹介されています。

 短編集『犯罪』(東京創元社)でも、移民の犯罪を取りあげた作品が目立ちました。ドイツの現職弁護士が書いただけあって、よりリアルに移民社会の暗黒面などが活写されています。左欄で紹介している『緋色(ひいろ)の十字章』は、さらに古い時代の移民問題を根底に据えました。

 一時、アメリカのミステリーが人種差別問題を盛んに取り上げましたが、ヨーロッパでは今、移民問題が作家にとって大きなテーマになっているわけです。

 しかし、日本にいてはなかなか分かりにくいですね。堂場の場合、社会情勢のガイドとして、ミステリーに頼ることも多い。リアルな時事問題を背景に書かれていますからね。

 インターネットの普及で、世界の距離感がなくなったと言われます。何でも分かると考えがちですが、自分に関係ない問題には、目が向かないことが多い。小説なら楽しく読めて、世界に対する認識も新たになる。

 そういう意味で、時事問題に根ざした海外ミステリーが増えているのは、うれしい限りです。

 ほかに印象深かった作品を挙げていきましょう。

 ジェフリー・ディーヴァーが書き下ろした007シリーズの“新作”『白紙委任状』(文芸春秋)が話題になりましたが、この手の企画作品も多かったですね。

 ドン・ウィンズロウは、冒険小説の傑作『シブミ』に連なる『サトリ』(早川書房)を、ディーン・クーンツは怪奇小説の名作を現代によみがえらせた「フランケンシュタイン」シリーズ(ハヤカワ文庫)を発表しました。

 原作を生かしつつ独自性を加えるのは、大変な作業ですが、どれも読み応えある仕上がりです。こういう企画が増える背景には、「売れ行きが見込める」という大人の事情もあるのでしょうが。

 エンターテインメント小説は、「ミステリー」や「歴史小説」などサブジャンルに分類されますが、分類できないような作品が増えてきました。

 大御所、トマス・H・クックの『ローラ・フェイとの最後の会話』(ハヤカワ・ミステリ)は、著者得意の心理劇で、濃密な文章が純文学的です。

 カフカやポール・オースターの作風にも通じるのは、『探偵術マニュアル』(創元推理文庫)。ファンタジー風味もありますが、古風な「探偵小説」としても楽しめます。

 『二流小説家』(ハヤカワ・ミステリ)は、重厚な犯罪小説とも、ホラーとも、売れない作家の業界内輪話とも読めます。エンターテインメントの各ジャンルを横断した快作で、ばかばかしい設定と思いながら、読後感は最高でした。

 このように多彩な作品が楽しめるのはうれしい限りですが、逆に売れているのはディーヴァーら一部の作家だけ、という状況もあります。底上げのために、海外ミステリーファンとして、少しでもお手伝いしていきたいですね。

【堂場瞬一オススメ今年の5冊】

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ著(酒寄進一訳、東京創元社)
『夜明けのパトロール』ドン・ウィンズロウ著(中山宥訳、角川文庫)
『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン著(青木千鶴訳、ハヤカワ・ミステリ)
『探偵術マニュアル』ジェデダイア・ベリー著(黒原敏行訳、創元推理文庫)
『特捜部Q−檻の中の女―』ユッシ・エーズラ・オールスン著(吉田奈保子訳、ハヤカワ・ミステリ)

【2011年各種海外ベスト3】

■週刊文春「ミステリーベスト10」
〈1〉『二流小説家』
〈2〉『犯罪』
〈3〉『エージェント6』トム・ロブ・スミス著(田口俊樹訳、新潮文庫、上下)

■「ミステリが読みたい!」(早川書房)
〈1〉『二流小説家』
〈2〉『犯罪』
〈3〉『サトリ』ドン・ウィンズロウ(黒原敏行訳、早川書房、上下)

■「IN POCKET」(講談社)文庫翻訳ミステリー
〈1〉『背後の足音』ヘニング・マンケル(柳沢由実子訳、創元推理文庫、上下)
〈2〉『エージェント6』
〈3〉『死角オーバールック』マイクル・コナリー著(古沢嘉通訳、講談社文庫)

(2011年12月5日  読売新聞)




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