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編集者が選ぶ2011年海外ミステリー

 

編集者が選ぶ2011年海外ミステリー

 海外ミステリーが傑作揃いだった2011年。今まで、紙面で二度にわたって総括をお届けしましたが、最後の企画として、各社担当編集者の皆さんに、個人的なベスト5を挙げてもらいました。誰もが納得の1冊から、こだわりの作品まで、バラエティ豊かな品ぞろえ。ついでに、堂場のベスト5もお届けします。番号はついていますが、整理のためで、順番ではないですよ。順位付けは好きではないのだ。(堂場瞬一)

格調高い文章で壮麗な物語『夜の真義を』
桑野崇 東京創元社編集部

(1)は、物語の冒頭一行目から一気に引きこまれました。揺るぎない格調高い文章で、かくも壮麗な物語を描き切った力量は驚異の一言。堪能しました。作者の死去が惜しまれてなりません。(2)は当代最高峰の警察小説シリーズ第七作目。恐ろしいことに尻上がりに凄味が増しているように思えます。もはや主人公ヴァランダー警部の日々の暮らしを描いているだけの作品でも楽しめる自信があるくらい好きなシリーズです。(3)はロシアを舞台にした上質のサスペンス小説ですが、一種の青春小説という補助線を引くとなお面白く読めるかと思います(といっても主人公はもういい歳ですけれど)。派手さはありませんが、忘れがたい余韻を残す佳品。(4)はページをめくる手がもどかしくなるくらい物語に没入しました。魅力的な幕開け、畳みかけられる謎、過去と現在を自在に操る構成力――これ以上求めるものはございません、というくらいの傑作。(5)は(現代からすると)目が点になるような展開がとても愛おしい作品です。

『夜の真義を』
今年の5冊
  1. (1)『夜の真義を』
    マイケル・コックス/越前敏弥訳♦文藝春秋
  2. (2)『背後の足音』
    ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳♦創元推理文庫
  3. (3)『すべては雪に消える』
    A・D・ミラー/北野寿美枝訳♦ハヤカワ文庫
  4. (4)『忘れられた花園』
    ケイト・モートン/青木純子訳♦東京創元社
  5. (5)『四十面相クリークの事件簿』
    トマス・W・ハンシュー/鬼頭玲子訳♦論創社
クック・マジック炸裂『ローラ・フェイとの最後の会話』
小塚麻衣子 早川書房ミステリマガジン編集長

(1)は、あやしい女との再会、男女の会話が現在から過去に行きつ戻りつし、幻惑のうちに過去に起きた出来事の驚愕の真相に到達する、クック・マジック炸裂の一篇。(2)は、『秘密の花園』を始め文学や歴史への目配せを巧みに盛り込み、イングリッシュ・ガーデンに隠された5世代にわたる女たちの人生に引き込まれる。(3)は、クールなイケ男の復讐譚。ヘタレ面チラ見せでさらにキュン。しかもコスチュームプレイ! 註の嵐もオマケみたいで楽しい。(4)は、たった二人の特命課ならぬ特捜部Q。相棒は変人のシリア人なので意思疎通が困難だけど、意外とデキル奴なのだ。(5)は、オタク少年と野球少年が差別に耐えて友情を育んだのにある事件が影を落として大人になったらエライことになる話。その他、非情な体制下のレオ様が家庭愛を掴めるか!?な『エージェント6』や挿話ポルノも可笑しい『二流小説家』なども必読。

『ローラ・フェイとの最後の会話』
今年の5冊
  1. (1)『ローラ・フェイとの最後の会話』
    トマス・H・クック/村松潔訳♦ハヤカワ・ミステリ
  2. (2)『忘れられた花園』
    ケイト・モートン/青木純子訳♦東京創元社
  3. (3)『夜の真義を』
    マイケル・コックス/越前敏弥訳♦文藝春秋
  4. (4)『特捜部Q―檻の中の女―』
    ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳♦ハヤカワ・ミステリ
  5. (5)『ねじれた文字、ねじれた路』
    トム・フランクリン/伏見威蕃訳♦ハヤカワ・ポケット・ミステリ
面白すぎて余韻おさまらず『特捜部Q―檻の中の女―』
佐々木啓予  講談社 文庫出版部副部長

 職業柄、誤植が目立ったり、訳文を推敲してないのがバレバレの本は読了するのが辛くなる。で、版元に偏りが出てしまうなあ、と忸怩たる思いを抱きつつも、自分の気持ちに正直に、迷いに迷って選んだ5冊。(1)は人間としての根幹をゆるがされる惨めな思いをさせられている被害者の様子と、特捜部の二人のとぼけたようなキャラの対比がなんとも言えない。面白すぎて、読後の余韻がしばらくおさまらなかった。(2)は「他人任せ」を商売にするとどうなるか身につまされる人も多そう。複雑な構成が見事。版権獲得には弊社も手をあげていたが、ご縁がなかった一冊。正直、うちから出したかった!(3)は後半あたりから「えっ! そんなところに連れて行かれるの?」という意外性が○。邦題も見事。(4)は大人のミステリ読みのための静かなハードボイルド。二人の少女の持つ強さに感服。堂場瞬一さん解説の太鼓判つき!(5)は新潟の女子監禁事件を思い出す。純粋なぼくの言葉を読むのは苦しいけど、希望がある素晴らしい作品。

『特捜部Q―檻の中の女―』
今年の5冊
  1. (1)『特捜部Q―檻の中の女―』
    ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳♦ハヤカワ・ミステリ
  2. (2)『謝罪代行社』
    ゾラン・ドヴェンカー/小津薫訳♦ハヤカワ・ポケット・ミステリ
  3. (3)『二流小説家』
    デヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳♦ハヤカワ・ミステリ
  4. (4)『希望の記憶』
    ウィリアム・K・クルーガー/野口百合子訳♦講談社文庫
  5. (5)『部屋』
    エマ・ドナヒュー/土屋京子訳♦講談社
小説に没頭する楽しみ『シャンタラム』
高澤恒夫 新潮社 出版部文芸第三編集部編集長

 別の某所で挙げたベストは、『ねじれた文字、ねじれた路』、『忘れられた花園』、『背後の足音』、『逃亡のガルヴェストン』、『死刑囚』、『アンダー・ザ・ドーム』だった。これだっていいかげん主流派とはいえないが、時期やその他、大人の事情で外さざるを得なかった本から、新たに5冊選んでみた。むしろこちらの方が素直に面白いかもしれない。(1)は、来年の各種ベストで本命になりそうな1冊(というか3冊)。強烈なトラベローグであり、ピカレスクであり、成長小説であり、復讐譚であり……。小説に没頭する楽しみが詰まっている。(2)は、大長編の多いヒルにしてはコンパクト(それでも四百ページ)。一日の出来事に終始し、ミステリらしいカタルシスも用意されている。(3)は、デンマークの警察小説。超有能でヘンな相棒アサドの魅力が際立つ。(4)は、現代本格を代表するシリーズの第3部。既訳いずれもクオリティ高く、どこから読んでも大丈夫。(5)は、シンプル&ストレートな冒険小説。ポリティカリーにどうなのかとか、主人公の造形に奥行きがとか、いろいろあるにはあるけれど、絶体絶命の危機と知力体力機会を駆使しての脱出、そのつるべ撃ちは迫力満点。

『シャンタラム』
今年の5冊
  1. (1)『シャンタラム』
    グレゴリー・デイヴィッド ロバーツ/田口 俊樹訳♦新潮文庫
  2. (2)『午前零時のフーガ』
    レジナルド・ヒル/松下祥子訳♦ハヤカワ・ポケット・ミステリ
  3. (3)『特捜部Q―檻の中の女―』
    ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳♦ハヤカワ・ミステリ
  4. (4)『野兎を悼む春』
    アン・クリーヴス/玉木亨訳♦創元推理文庫
  5. (5)『脱出山脈』
    トマス・W・ヤング/公手成幸訳♦ハヤカワ文庫
“爆笑系”や“癒し系”に笑い 『二流小説家』
出島みおり 集英社文芸編集部翻訳書

 3・11以降、人が次々と切り刻まれてしまう連続殺人ものや、読後感が重苦しいミステリーは避けがちだった2011年。気づけば“爆笑系”や“癒し系”ばかり手にしていました。たとえば(2)。主人公ハリーが書くどうしようもないSF小説やヴァンパイア小説が随所に挿入されていて、これがなんとも男性の妄想(理想?)を書き連ねているようで呆れるほど笑えます。(5)は、サスペンスの緊迫感最高潮のときに奇行に走るサルが出てきたりと、思わず爆笑。
癒し系では(3)。駆け出しプロの貧乏ぶりが涙ぐましくも笑え、また素朴なコージーのスタイルに和みます。チェット(犬)と探偵バーニー(人間)のシリーズ第2弾(4)も、人間が肩をすくめる動作に憧れる、チェットの何気ないつぶやきに癒されます。そして(1)。この作品をミステリーと呼ぶのは邪道かもしれませんが……。5歳の男の子ジャックとその若い母親が置かれた異常な状況や、そこから脱出する際の臨場感はどんなサスペンスにも負けません。ジャックの真っ直ぐさが救いとなって癒される、今年の翻訳bP作品です!

『プロゴルファー リーの事件スコア1 怪しいスライス』
今年の5冊
  1. (1)『部屋』
    エマ・ドナヒュー/土屋京子訳♦講談社
  2. (2)『二流小説家』
    デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳♦ハヤカワ・ミステリ
  3. (3)『プロゴルファー リーの事件スコア1 怪しいスライス』
    アーロン&シャーロット・エルキンズ/寺尾まち子訳♦集英社文庫
  4. (4)『チェット、大丈夫か?』
    スペンサー・クイン/古草秀子訳♦東京創元社
  5. (5)『心理検死官ジョー・ベケット2 メモリー・コレクター』
    メグ・ガーディナー/山田久美子訳♦集英社文庫
大豊作の年に唯一無二の大作『アンダーワールドUSA』
永嶋俊一郎 文藝春秋

 今年は海外ミステリが大変豊作でした。個人的にも傑作!と思う作品が2、30作はあり、ゆえに3位以下は明日訊かれたら答えが違うかもしれません。(1)は当代もっともパワフルでエクストリームなアメリカ作家が、ニクソン大統領時代のアメリカの混沌を、善悪を往還する男たちの地獄めぐりを通じて描き出したノワール小説。歯ごたえはありますが、キャラ・文体・テーマ・構成すべてに秀でた唯一無二の大作ゆえ、ぜひ挑戦いただきたく思います。(2)は意外性あふれるミステリの形式を存分に活かして死刑制度を告発した衝撃作。生ぬるい小説に飽いた方におすすめです。世界最高の語り部がSF的設定の上でノンストップ・スリラーを展開する(3)と、南アの無法地帯で暴力の嵐が吹き荒れるノワール(5)は容赦なき一気読み本。(4)は「現在の不安」をこの上なくリアルに描いた作品として特筆すべきでしょう。現代都市にぽかりと口を開ける悪意――読み終えても不安が残り続けるのは、この作品がすぐれたクライム・フィクションである証左です。

『アンダーワールドUSA』
今年の5冊
  1. (1)『アンダーワールドUSA』
    ジェイムズ・エルロイ/田村義進訳♦文藝春秋
  2. (2)『死刑囚』
    アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳♦武田ランダムハウスジャパン文庫
  3. (3)『アンダー・ザ・ドーム』
    スティーヴン・キング/白石朗訳♦文藝春秋
  4. (4)『生還』
    ニッキ・フレンチ/務台夏子訳♦角川文庫
  5. (5)『はいつくばって慈悲を乞え』
    ロジャー・スミス/長野 きよみ訳♦ハヤカワ・ミステリ文庫
実り豊かな2011年 ハードボイルドからミクスチャーまで
堂場瞬一 作家

 (1)は、ドイツの現職弁護士が書いた短編集。犯罪実話と勘違いしそうな、ざらっとした手触りの小説が並びます。ただ、最後の「エチオピアの男」だけが、日本人好みのお涙ちょうだいモノなんですよね。不思議な感じ。そろそろ「巨匠」と呼ばれそうなウィンズロウの(2)は、デビュー当時のハードボイルド路線に立ち返ったような、シンプルな作品。それだけに、キャラクターの書き込みがしっかりしていて読ませます。主人公の探偵は、サーファー。脇の登場人物も皆キャラが立っていて、読んでいて楽しい1冊です。各ベスト10で軒並み高評価の(3)は、何ですよ、堂場に言わせればバカミスですよ。いろんな枠をはみ出した、リミッター解除の作品という意味で。最近、ジャンル横断的な作品が目立つけど、これなんか、典型的なミクスチャーですね。ミステリー好きなら、ニヤニヤできる場面多数。(4)は、ミステリー、ファンタジー、純文系とこちらもジャンルまたぎの小説。時代も場所も定かでない(場所はニューヨークなんでしょうが)浮遊感が魅力かもしれません。「夢」を軸に据えた冒険を成功させています。絶好調北欧ミステリーの新星が、(5)。移民社会の現状など、重いテーマを根底に持ちながら、乗りは軽い。この辺のバランスが絶妙です。既にシリーズ2作目「キジ殺し」も出ているので、売れ行きも好調のようですよ。

『犯罪』
今年の5冊
  1. (1)『犯罪』
    フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳♦東京創元社
  2. (2)『夜明けのパトロール』
    ドン・ウィンズロウ/中山宥訳♦角川文庫
  3. (3)『二流小説家』
    デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳♦ハヤカワ・ミステリ
  4. (4)『探偵術マニュアル』 
    ジェデダイア・ベリー/黒原敏行訳♦創元推理文庫
  5. (5)『特捜部Q―檻の中の女―』
    ユッシ・エーズラ・オールスン/吉田奈保子訳♦ハヤカワ・ミステリ
 
 



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編集者が選ぶ2011年海外ミステリー

海外ミステリーが傑作揃いだった2011年。各社担当編集者のベスト5を紹介します。

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