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仙台震災記 作家・佐伯一麦さん

(12)燕は今年もやってきた

 温帯低気圧が被災地にも大雨をもたらした先週初め、二件の電話がかかってきた。どちらも津波による被害を受けた知人からで、一人は親戚のもとへ寄せていた身を県が借り上げたアパートへ転居できることになったと言い、避難所にいたもう一人は仮設住宅がようやく当たった、という朗報だった。今日は雨で、自宅へ突っ込んだダンプカーや自動車の撤去作業が行えないので(これも個人の責任で行わなければならないところがあるのが現状だ)、電話をかける気になった、とも先の知人は言った。

 その前日、集合住宅の我が家では、専用庭に出没した青大将を竹藪の方へと逃がすのに翻弄されていた。地盤が二十センチ以上も下がってしまったので、鉄筋コンクリートの建物の底が浮き上がってしまい、地面との間に大きな空洞が出来てしまった。そこを土ネズミが出入りするようになり、それを狙ってやってきたものらしい。雀や四十雀などの小鳥が、警戒するけたたましい鳴き声で仲間に知らせているので気付いた。さらに蛇を鳶が狙う。そんな生態系の連鎖にも、福島の原発事故による放射能汚染の影響が無視できなくなってしまった、と私は見遣った。

 例年、大型連休が終わった頃、自宅近くの森に南方から青葉木菟が渡ってくる。だが、残念ながら今年は、梅雨の時季を迎えてもその声が聞こえてこない。土地の風景が一変してしまったので、目印を失ってしまったのだろうか。

 次いで渡ってくるホトトギスは今年もやってきた。だが、曇天を飛びながら鳴き続ける声は、いつもの年よりも少ないように感じられる。托卵する相手のオオヨシキリや鶯が生息する川原の茂みが、津波で流されてしまったせいかもしれない。川で見かけるはずのカワセミが、山の方で確認されるようにもなった。

 街中の住宅に住む知人が、家の庭で鶯が鳴くのを初めて耳にしたと話していた。その一方で、雀をめっきり見なくなった、と首を傾げた人もあった。被災地では、壊れた家に燕が今年も巣を作ってくれた、と喜ぶ声を聞いた。震災後を生きているのは、人間ばかりではない。(作家)

  • 佐伯一麦(さえき・かずみ) 1959年生まれ。作家。「ア・ルース・ボーイ」で三島由紀夫賞。仙台震災記は随時掲載します。

(2011年6月7日  読売新聞)

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