【私の一冊】保育園の子どもたち描いた力作
童心社会長 酒井京子(さかい・きょうこ)さん 65
「おしいれのぼうけん」の編集
創立55年目を迎えた童心社で編集長、社長を歴任した会長の酒井京子さん(65)。
入社3年目の1971年、「子どもたちのために、どんな本を作ったらいいか」と悩み、児童文学の評論や創作で活躍中の古田足日さんに相談をしたことから、既刊197万部の絵本『おしいれのぼうけん』(74年)が生まれました。
「『働く女性が増えていくだろうから、保育園の子どもを描いたお話があるといい』などとアドバイスをいただいて、うれしかったのを覚えています」。いったん、古田さんの自宅を後にしたものの、すぐに引き返して執筆を依頼。絵は、66年に古田さんとのコンビで初の本を出した田畑精一さんにお願いしました。
鉛筆で描いた作品の舞台は、怖いものが二つある保育園。一つは「おしいれ」で、もう一つは、先生たちが演じる人形劇に出てくる「ねずみばあさん」。昼寝の時間、おもちゃを取り合って走り回る2人の男の子がおしいれに入れられ、そこへ現れたねずみばあさんに追いかけられます。
80ページの分厚い絵本を作るのは、「冒険でした」。まず、3人で東京都内の保育園を訪ねて取材。言うことを聞かない子どもをおしいれに入れるという話に着目します。その後、何度も集まり、話し合いをしました。
酒井さんは、いろいろな紙で見本を作っては2人に見てもらい、本が重くならないように、薄くても透けない紙を選びました。作品を仕上げるため、旅館に泊まった際、「『これ以上、文は削れない』『絵を大きくしたい』という2人の真剣な議論を聞いて、けんか別れになるのではとハラハラしたものです」。
2人の男の子が汗びっしょりになるまで、ねずみばあさんと戦い、大事なものを手に入れる。「保育園の日常だけでなく、困難を乗り越えて成長する子どものエネルギーを捉えた作家の目に感動しました」。仕事で悩んでいた頃に転職も考えた酒井さんの迷いは、作家と三位一体の絵本作りを通して消えていました。(鳥)
(2011年11月1日 読売新聞)