現在位置は です

本文です

『世界を騙しつづける科学者たち』 ナオミ・オレスケス、エリック・M・コンウェイ著

評・横山広美(科学コミュニケーション研究者・東京大准教授)

疑念売り込む真実の敵

 衝撃的な本であり紹介も難しい。

 本書は、誰が「信頼できない」科学者であるかを、酸性雨、二次喫煙、オゾンホール、地球温暖化を例に詳細に述べている。原題の直訳は「疑念の商人たち」。つまり、たばことがんの関係をはじめとする、科学者の間ではすでに確立されつつある科学をもっともらしい言葉で批判し、疑念を売り込む人々について書かれている。

 「世界を(だま)しつづける科学者たち」は、一見もっとも信頼をおけそうな、全米科学アカデミー総裁を務めた人や政府の科学顧問として活躍する人を実名で指している。健全な科学批判を装っているが、関連する企業と組んで疑念を売り込む目的は別のところにある。彼らが本当に恐れているのは冷戦崩壊後の市場規制であり、その先にある共産主義的なイデオロギーだという。そのため、大規模な規制を促す科学的結果を批判すると本書は主張している。

 共通するのは、こうした科学者たちの専門は、批判する分野ではないということである。つまり「専門家」ではない。専門外からの批判ももちろん大切だが、現代科学は分野外の科学者が簡単に意見できるほど単純ではない。科学はピアレビューという科学者間の厳しい審査の積み重ねで構築される。物理学者やロケット工学者が、医学や気候変動について科学的に批判できるかは疑わしい。しかし、こうした人々はその肩書によって強い影響力をもち、「専門家」として活動している。彼らは人類の未来に責任を持てるのか。

 著者らはC・P・スノウの「権威への妄信は真実の敵」という言葉を引用し、テクノ・ファシズムに留意しながら「しかし、愚かな冷笑主義も真実の敵だ」と述べている。何十万・何百万ページにも及ぶ文書や資料に目を通し精密な調査を行った上で書かれた本書は、日本においても「誰が信頼できる科学者か」を考える羅針盤になるだろう。福岡洋一訳。

 ◇Naomi Oreskes=カリフォルニア大サンディエゴ校教授。Erik M.Conway=NASA研究所研究員。

 楽工社 上下各1900円

2012年2月13日  読売新聞)

 ピックアップ

トップ


現在位置は です


編集者が選ぶ2011年海外ミステリー

海外ミステリーが傑作揃いだった2011年。各社担当編集者のベスト5を紹介します。

連載・企画

海外ミステリー応援隊【番外編】 2011年総括座談会
世界の長・短編大豊作…やはり新作「007」、「犯罪」不思議な味、北欧モノ健在(11月29日)

読書委員が選ぶ「震災後」の一冊

東日本大震災後の今だからこそ読みたい本20冊を被災3県の学校などに寄贈するプロジェクト

読売文学賞

読売文学賞の人びと
第63回受賞者にインタビュー

リンク