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サーキット徒然草

137周目:揺れてます

 本格的なモータースポーツ・シーズンが終わっても、日々世界中から様々なニュースが飛び込んでくる。明るい話題もあれば、暗い話題もある。

 11月25日には、2001年ラリー世界チャンピオンであるイギリス人リチャード・バーンズが脳腫瘍で亡くなるという悲しいニュースが飛び込んできた。34歳という若さだった。ラリー活動を休止して療養して久しかったが、こういう結末になるとは思ってもみなかった。WRC(世界ラリー選手権)絡みでは、12月14日に三菱が今季限りで再び撤退することを表明した。今年は実に年間16戦にも増えたWRCシリーズだが、チャンピオンのシトロエンを始め、撤退するメーカーが続出している。撤退理由はそれぞれ違うようだが、何とも気掛かりな展開だ。

 伝統のある世界的に有名な自動車メーカーであっても、生産台数や利益の面では日本の大手メーカーの足元にも及ばないという例は、意外と多い。既存の欧米メーカーが阿吽の呼吸でバランスを採りながら競り合っている競争に、日本(や今後はアジアの新興)メーカーが勢いに任せて乱入すれば、老舗メーカーが目配せしながら「引く」のも頷けることではある。

 ラリーではなくF1GPの世界でも、このシーズンオフは出たり入ったリが多い。既報のように来年から、「BAR」は「ホンダ」に、「ザウバー」は「BMW」に、「ジョーダン」は「ミッドランド(MF1)」に、「ミナルディ」は「トーロ・ロッソ(レッドブルJr)」に改まる。最初の2例は自動車メーカーお抱えチームへの変身だが、後ろの2例はロシアとオーストリアの成金企業による既存チーム乗っ取りに他ならない。

 名門でありながら、来季BMWからのエンジン供給を失い、資金難に喘ぐウィリアムズは、既存F1GP選手権への忠誠を発表し、真新しい濃紺のカラーリングですでにテスト走行を始めた。オイラのような年寄りファンには、ウィリアムズが初めてF1チームを組織した69年のピアース・カレッジのマシーンが濃紺だったよなぁと懐かしいのだが、若いファンには「濃紺のウィリアムズなんて、似合わねぇ〜」となる。ヨーロッパの自動車メーカー中心に依然水面下で動いている「もうひとつのF1シリーズ」立ち上げに、ウィリアムズは背を向けざるをえなかったわけだが、今後どのチームがどちら側に付くかは、06年にさらに見ものとなるだろう。

 こういった状況下で、鈴木亜久里率いる新F1チーム「SUPER AGURI Formula 1」がホンダの肝煎りで立ち上がったわけだが、12月 2日の06年暫定エントリー発表の中にその名はなかった。手続き上の不備を直して再申請し、既存全10チームの賛同が得られれば、参戦OKということになるらしい。開幕戦までにマシーン準備やスポンサー・マネーの調達が間に合うのか、といった物理的問題の他にも、様々な政治的問題が立ちはだかっている気配がある。既存チームの中に「反対!」という声も一部に上がっているとか。自発的に反対しているのか、誰かから反対せよと命じられているのか、その辺もビミョ〜だったりして。

 12月14日にはミシュラン・タイヤが06年いっぱいでF1タイヤ供給を打ち切ると表明した。ということは、07年からは日本のブリヂストンが全車に対して供給、つまり事実上のワンメイクとなる。FIAは、タイヤ・ワンメイク化が公正な競争を促し経費削減にもなると歓迎するコメントを出し、これに対してミシュランはさっそくFIAの姿勢に疑問を投げ掛けたりもしている。05年アメリカGPでタイヤ・バーストの危険があるため自発的に各車0周リタイアというとんだ汚点を付けたミシュランだが、実はこれも、撤退のための準備行動だったのではないかと言ったら、少々穿ちすぎだろうか。ミシュランのモータースポーツ活動といえばピエール・デュパスキエがボスだったが、そのデュパ爺も定年退職となり、その後任氏はさほどモータースポーツ好きではないとの噂もあり、早晩ミシュランはF1から去るぜと読んでいたF1数チーム(トヨタもね)はすでに現時点でブリヂストンへと宗旨替えしている。そんなミシュランだが、「もうひとつのF1シリーズ」が実現した暁には、ニコニコして再登場しそうな気がしないでもない。

 こうしたミシュランの真意やF1界が抱える問題点を鋭く指摘解説してくれそうなジャーナリスト、ジェラール“ジャビー”クロムバックは、この11月20日、癌のため76歳で亡くなってしまった。

 撤退劇は何もF1やラリーなどヨーロッパだけのものではない。アメリカを代表するオープンホイール・レース・シリーズ「IRL=インディ・レーシング・リーグ」もまた、大変な状況になってきている。既成勢力だったシヴォレー(GM)が05年いっぱいでエンジン供給を打ち切ることは05年初めの時点で知らされていた。今後はトヨタとホンダがエンジン供給者になると。そして05年半ば、トヨタはかねてからの噂どおり、IRLエンジンの供給を06年いっぱいで打ち切る旨、発表する(裏にはNASCARストックカーへの本格参入があるに違いない)。そして05年末の現在において、一年後に撤退することが決定済みのトヨタ・エンジンを敢えて欲しがるチームは皆無という状況になり(そういう状況を自ら作り!?)、トヨタは12月15日、一年前倒しして05年いっぱいでIRLにサヨナラすることになった。結果、来年のIRLは出走全車がホンダ・エンジンを使用することになる。エンジンのワンメイク化は余計な競争を避けるから経費削減にもなると歓迎する向きもあろうし、06年インディ 500出場全車33台がホンダ搭載車となるのはホンダにとって大きな誇りになるのかもしれないが、これもまた、自動車競争の原点に立ち返れば、どうにもバランスを欠いていると言わざるをえない。

 かつてアメリカでIRL以上の人気を博した(CART)チャンプカーが今後数年のうちに本当に小樽にやってきて市街地レースを実現させるのかどうかという興味は別として、チャンプカーがフォード・エンジンのワンメイク、インディカーがホンダ・エンジンのワンメイクという事態が、将来的に成功をもたらすとはどうしても思えない。

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 F1、WRC、IRL、CART。巨大企業に支えられて、天高く伸びる高層ビルのごとき存在。

 でも、ちょっと大きな地震が来たら、倒れそうで心配だ。誰かが細い鉄筋を知らん顔して使っているような気がする。

(2005年12月19日  読売新聞)