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サーキット徒然草

155周目:とき流れてもセブリング

 「セブリング」という名前を聞いて、フォード・マークWのデビュー・ウィンとかアルファロメオT33の初登場、スティーヴ・マックイーン/ピーター・レヴソン組・純白の48番・ポルシェ 908Uなんかの姿を瞼に思い浮かべるのは、正しいオッさん・レースファンであります。

 毎年3月半ば、フロリダ州の元飛行場を12時間ぶっ通しで疾走するセブリングは、昔からのレース・ファンには懐かしい名前だ。 Sebringの発音はスィーブリンに近いようだが、1960年代から親しんできたオジさんたちにはセブリング以外の何物でもない。もっと遡れば、アメリカにまだスポーツカー・レースが浸透していなかった50年代前半からずっと、ここにはヨーロッパのメーカーやチームが乗り込んで来ていたという歴史がある。遠来のフェラーリ/マセラーティ/ジャガー/ポルシェと地元のフォード/シャパラル/コーヴェット等が対決するのは、常に見ものだった。

 だだっ広くて平らなコースはいかにもアメリカ的な大味な感じがして、その夕焼け写真なんかと一緒に脳裏に焼き付いている。

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 2007年モータースポーツ・シーズンも、3月半ばともなると、いよいよ本格的にスタートを切る。F1はオーストラリアGPで開幕し、日本国内ではスーパーGTシリーズが鈴鹿で幕開けだ。

 同じ週末、北米でもALMS(アメリカン・ル・マン・シリーズ)の開幕戦が《セブリング12時間》によってシーズン・インしたが、オイラは今年、このシリーズに注目している。

 本稿 152周目にも書いたが、近年アメリカでは「グランダム」と「ALMS」という、2系統のプロ・スポーツカー・レースが共存している。後発のグランダムがアメ車っぽい雰囲気で人気上昇中なのに対して、ALMSのほうは本場フランスのル・マン24時間に直結している分、国際色は豊かなものの、ワンパターン化しつつあった(ヨーロッパのスポーツカー・レース全体が行き詰まり状態にあることが要因でもあるのだが)。

 そのALMSに、今年新たに本格参戦する自動車メーカーがある。アキュラ(ホンダ)だ。純レーシングスポーツカーである「P」(プロトタイプ)と市販車である「GT」の混走(各部門2クラスずつに別れているので計4クラス)によって争われるALMSの中の、「P2」クラスに初挑戦するのだ。

 最上級クラスの「P1」はドイツのアウディの覇権が続いていて、昨年、斬新なディーゼル・エンジン車のR10でル・マン24時間を制した後も、ALMSシリーズ戦で優勝を積み重ねてきている。一方「P2」には一昨年からポルシェがRSスパイダーで試験参戦し、今年からは希望チームに供給開始して、販路拡大(つまりシリーズの安定化)に貢献しようとしている。その「P2」にアキュラが挑もうというのだ。敵はポルシェだ、手強いぞ。今回アキュラ陣営は3チーム3台で構成された。アンドレッティ・グリーン・レーシング(AGR)とハイクロフト・レーシングはフランス製クラージュLC75シャシーをベースに元F1デザイナーのニック・ワースが独自の改造を施して「アキュラARX−01a」としての参戦、フェルナンデス・レーシングは実績あるローラB06/40シャシーを使う。 3.4リッターV8エンジンは 500馬力以上を発生する。

 さて、今年の第55回大会、常勝アウディR10(エマヌエーレ・ピッロ/マルコ・ヴェルナー/フランク・ビエラ組)と初参戦アキュラ(ブライアン・ハータ/ダリオ・フランキッティ/トニー・カナーン組)が残り90分というところまで大接戦を演じて湧かせた。もしかしてアキュラのデビュー・ウィンかというところでメカニカル・トラブルが出て、総合優勝は逃したものの、優勝者 364周に対して 358周で総合2位=P2クラス優勝となった。フェルナンデス・レーシングは総合3位=クラス2位、ハイクロフト・レーシングは総合6位=クラス4位に食い込んだから、P2クラスだけをみれば1−2位独占という快進撃。出来すぎとも言える。

 言い換えれば、ポルシェよ何をしている!ということでもある。総合スピードでは上級アウディR10を脅かす唯一の存在であるポルシェRSスパイダーは、本来であれば、このような長丁場の一戦でこそ、長年培ったノウハウを生かしてアウディを打ち破らなければならないのだが、電気系統のトラブルが頻発して最上位完走でも総合5位(クラス3位)にすぎなかった。

 アキュラ勢としては、アウディとポルシェを相手に今後も好勝負をしていけそうだが、勝ち続けるのは無理だろうし、その必要もない。屋根なし純レーシングスポーツのファン層である多くのチーム・オーナーたちが「ポルシェにしようかなアキュラにしようかな」と悩むくらいの選択肢を残しておくぐらいが適当だ。おそらく将来的には「P1」はアウディやプジョーあたりがディーゼルやその先の未来エンジンの開発の場として参戦し続けることになり、「P2」の興隆如何がALMSの動向の鍵を握りそうな予感がする。

 それを思うと、今回のセブリングでは、「GT1」の今後がやや気掛かりだ。ワークス体制といえる2台のシヴォレー・コーヴェットC6Rが圧勝したが( 341周して総合7〜8位)、去年これと好勝負したアストンマーティンDBR9勢が今年は欠場(プライベート参加が1台だけ)、いかにも寂しかった。デイヴィッド・リチャーズが新たに率いることになるアストンマーティン社自体がサーキットに復帰してくれないと、盛り上がりようがない。

 参加34台中最も多い18台は「GT2」クラスのマシーン。フェラーリ 430GTとポル

シェ 911GT3RSRが拮抗していて、パノス・エスペランテGTLMやスパイカーC8が彩りを添えている。今回は12時間走った最後が 0.202秒差という大激戦となり、ミカ・サロ/ハイメ・メロ/ジョニー・モウレム組フェラーリがポルシェを破り330周してクラス優勝を手中にした。

 はっきり言ってしまえば、ALMSの将来は微妙だ。楽観視はできない。もしアキュラが今年出なかったなら、衰退の度合いは増していただろう。だから、ホンダ(アキュラ)がALMSに出ようと言い始めた時には、それを疑問視する声も大きかった。IRLインディカーのエンジンが結果的にホンダのワンメイクとなってしまった以上、アメリカ・ホンダとしては別カテゴリーに参加することでモチベーションを上げなければならなかっただろうし、親しいIRLチームに活動の場を与えるという意味でもALMS参戦は必要だったということかもしれない。グランダムにはすでに複数メーカーが深く関わっているから、ALMSのほうが入りやすかったとも言える。果たしてアキュラがALMSの救世主となるだろうか。

 アキュラ・ブランドのホンダが本場フランスのル・マン24時間に参戦するのは2008年以降か。かつて日本からはトヨタとニッサンが本気で挑み、勝ち損なったル・マンだが、伏兵マツダが総合優勝をかっさらったことがある。意外と、日本人抜きのアキュラがル・マンで総合優勝する日はそう遠くない気もする。

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 かつてセブリング12時間には毎年60〜70台の参加があった。それが今ではたった34台だ。この数字だけを見ていると不安になる。

 しかし心配するには及ばない。前座レースとして、IMSA−GT3カップ、パノスのワンメイク・レース、IMSAライツという名前の小型屋根なし純レーシングスポーツによる短距離レース(06年開始)、プロフォーミュラ・マツダ、フォーミュラBMWなどが同時開催されている。ALMSを運営する再生IMSA(ドン・パノス代表)には、将来がしっかり見えているようだ。

 日本のレース界ももうちょっと将来に繋がる前座レースの仕組みを考えた方がいいかもしれない。大きなお世話か。

(2007年3月26日  読売新聞)