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サーキット徒然草

162周目:鬼よ笑え

 アッハッハッ! 楽しいな。

 ジョー・ギプズ・レーシングが来年トヨタだってさ。

 トニーがいるのよ。カイル・ブッシュも移籍してくるのよ。

 こりゃ、勝てますぜ。

 そして、ブーイングの嵐だわい。

◇ ◇ ◇

 自動車レースといえばF1かスーパーGTかと思ってらっしゃる皆々様のために、しつこいようですが、ちょっとばかり補足説明を。

 アメリカ独特の自動車レースとしてNASCAR(ナスカー)ストックカー・レースというのがある。大型市販乗用車の格好はしているけれど中身はレーシングカーで、楕円形オーバル・トラックを総勢43台が集団になって3時間もひたすらグルグル回る。そのスピード、実に時速300km以上。だから、ちょっとしたミスが大事故になる。とにかく最初から最後まで大接戦。全米各地を転戦し、最上級シリーズの《ネクステル・カップ》(来年からは《スプリント・カップ》という名称に変わる)は年間36戦も行なわれる。毎戦ン十万の観客席が満杯になるほどの大人気イベント。当然、ドライバーは全米レベルのスター選手で、ファンたちは彼らに肩入れしながら応援する。好き嫌いをストレートに表現するのがアメリカ流だわね。

 もともとはアメ車オンリーの世界だったが、今年2007年からは《ネクステル・カップ》に日本のトヨタがカムリ(をイメージしたクルマ)で参戦しているのは、知ってる、よね?

 数年前にトヨタがNASCAR参入を表明した時、表向きには歓迎ムードだった全米ファンだが、去年半ばにいざ「マイケル・ウォルトリップが07年トヨタで参戦決定」と発表になるや、ファンからの「この売国奴!」「恥知らず!」的意見が専門誌に載り、なるほどなぁと思ったり。その後、トヨタ陣営に加わったデイル・ジャレット(50歳)にしてもそうだが、ちょっと酷な言い方をすれば、彼らは今や過去の栄光にしがみついてるロートルにすぎない。マイケル(44歳)なんぞは偉大なる兄貴(3度王座に就き通算84勝を記録したダレル・ウォルトリップ)の七光りと、大舞台でのマグレ勝ちで生き延びてきたセンシュであって、はっきり言えば、シヴォレーからもフォードからもダッジからももはや「お呼びでない」。通算32勝しているジャレットにしても最近は勝ってないから、トヨタが拾ってあげたと言えなくもない。そんなウォルトリップやジャレットでも多くのファンがいるというのが凄いところで、彼らから見れば売国奴かもしれないけれど、新参入トヨタの挑戦初年度としてはなかなか含蓄に富んだ選択だったような気もする。

 まぁそんな顔触れでスタートした2007年トヨタだったから、ハナから好結果なぞ望むべくもなかった。開幕戦2月のデイトナ500の際には、ウォルトリップ陣営に車両違反アリと難癖吹っかけられ厳罰に処されたり、まぁこれも「(長編)ストーリー」のひとつとしては悪くない。いわば洗礼の儀式と読み取ればよろしいわけで、これにてトヨタも晴れてNASCARの仲間入りを無事果たしたのだ。

 さて、この9月上旬、全36戦中26戦が終わった時点で、トヨタの決勝最上位は第12戦ロウズでブライアン・ヴィッカーズ(23歳)が5位、予選では第17戦ルードンでデイヴ・ブラネイ(44歳)がポールポジションというのがあるものの、概して、常時7台のカムリはいつも中団以下、予選落ちも多いという現状でありますね。レース中は接戦集団の中にはいるけれど、「いざ勝負」という終盤戦に、そこから抜け出して勝つまでの力はない。というのは、クルマやドライバーの問題というよりも、結局はチーム総合力の弱さということだ。

 だから、来年2008年、ジョー・ギブズ・レーシング(JGR)がトヨタで戦うことにしたというのは大ニュースなのだよ。

 チーム代表者のジョー・ギブズは、彼の地アメリカではフットボールの元選手・名コーチとして著名な人物で、80年代にワシントン・レッドスキンズを何度も優勝に導いた英雄的存在。そして91年以降はNASCARストックカーのチームオーナーに転じ、現在66歳。04年からはレッドスキンズのオーナーともなっている。

 そのJGRは2000年にはボビー・ラボンテが、02年と05年にはトニー・スチュワートがチャンピオンに輝くほどの実力あるチームへと成長している。91年チーム結成以来ずっとGM陣営の一角として戦ってきたが、長い歴史を持つNASCAR界の中ではJGRよりももっと強固なGMとの繋がりを持つ名門チーム(ヘンドリック・モータースポーツであったりDEIであったり)も多く、現状ではあまりオイシクない。他方、フォードにはラウシュ、ダッジにはエヴァーンハムみたいな、切っても切り離せない強豪チームがある。JGRとしては、今後もこのままGM系一チームとして活動を続けるか、未知数な部分はあるけどナンバー1チームになれそうなトヨタとくっつくか、天秤に掛けて考えたに違いない。トヨタとしても、ある意味保守的なNASCAR界で何とか一年目にして受け入れられた今、2年目から好成績を挙げ始めるのに、JGRほど好都合なチームはない。

 ひとつ問題があるとすれば、エース格のトニー・スチュワート(36歳)が言動ともに問題児であることだ。マスコミ向け発言は一応優等生でも、ちょっとした場面で本性丸出しとなり、トラブルメーカー化する例がやたらと多い。レーサーとしての資質は折り紙付きだから、スチュワート・ファンからしてみると、そんなヤンチャな面や白豚がごとき風貌も含めて、大好きということになる。斯く言うオイラも、スチュワートはIRLを走っていたからのファンなのよ。

 同チームの若手であるデニー・ハムリン(25歳)は、カップ戦経験たった2年ながら、凄まじく速くて強い。おそらく次代のエースとなっていくだろう逸材だ。坊やのようだった風貌も、このところ引き締まってきた。そして来年3台目に乗るカイル・ブッシュ(22歳)がこれまた曲者だ。先輩レーサーたちを屁とも思わぬブッシュ兄弟(兄カート・ブッシュは04年チャンピオン)のレースっぷりもあちこちで顰蹙(ひんしゅく)を買っていて、ちょっとヤバイ目付きをしている弟カイルに至っては、エース格のトニーと一悶着を起こしそうな匂いがプンプンする。この危うさ、これこそがNASCARなのよねぇ。

 今年は、元F1ドライバーのコロンビア人フアン・パブロ・モントーヤ(31歳)がNASCARに新参入し(チップ・ガナッシ・レーシングからダッジで)、ヨーロッパ・タイプのロードコース「ソノマ」の第16戦ではさすがの走りで初優勝を遂げるなど、徐々に上位戦線に食い込み始めている。来年は、97年F1世界チャンピオンであるカナダ人ジャック・ヴィルヌーヴ(36歳)のNASCAR転向も決まった(ビル・デイヴィス・レーシングからトヨタで)。さらに、IRLインディカーの06年チャンピオンであるアメリカ人サム・ホーニッシュJr(28歳)と07年新チャンピオンを決めたスコットランド人ダリオ・フランキッティ(34歳)のNASCAR転向話も噂以上に現実味を帯びつつある。

 ストックカーは確実に国際化の道を辿っている。

 個人的には、NASCARストックカーはいつまでもアメリカ車によるアメリカ人のための原始的な自動車競走であってほしいと思う。そのためにも、日本車に乗って今後何度も勝つだろうトニー・スチュワートあたりは、そのインタビューのたびに暴言を吐き、悪態をついて、思いっきりブーイングを浴びてほしい。ギブズ&トヨタ陣営よ、NASCAR界のヒール(悪役)たれ! そういうキャラクターが構築されてこそ、ファンは足取り軽くサーキットに足を運ぶのだ。

 オイラも遠き日本から、応援しながら笑ってブーイングを送りたいと思っておりますですよ。ブーブーブーのワッハッハッ。

(2007年9月11日  読売新聞)