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フェイスブックはベンチャーのお手本になるか?

会員制交流サイト「フェイスブック」の創業者、マーク・ザッカーバーグ氏(AP)

 先週2月1日、ついに世界で8億人以上が利用するソーシャルネットワーキングサービス(SNS)のフェイスブック(Facebook, Inc.)が上場申請のための書類を米証券取引委員会(SEC)に提出しました。資金調達額は50億ドル(約3800億円)。もちろん、うまくいけばインターネット系ベンチャーのIPOとしては過去最高の調達額になります。

 大成功を収めつつあるように見えるフェイスブックですが、同社に関する書籍(「フェイスブック 若き天才の野望」等)や映画「ソーシャル・ネットワーク」をご覧になった方はご存知のとおり、同社はベンチャーのファイナンスなどの実務の観点からは、決していいお手本とは言えません。むしろ、ダメなベンチャー実務の展示場のような会社だという気さえします。

 まず、会社の設立からしてイケてないですね。

 先週の渡辺千賀さんの記事「イケてるベンチャーはデラウェア州に登記する?」のとおり、登記するのはデラウェア州というのがアメリカのベンチャーのスタンダードのはずです。しかし、創業時にCFO(最高財務責任者)だったサベリン氏は、まだ学生で起業に関する知識もなかったということもあるのかも知れませんが、高校時代を過ごしたフロリダ州に有限責任会社(LLC)を登録しました。マサチューセッツ州にあるハーバード大学の学生の会社なのに、マサチューセッツ州でもデラウェア州でもなく、なぜかフロリダ州。しかも普通の株式会社ではなく、LLCとして設立されたわけです。この法人は、前掲の書籍や映画によると、結局は別途設立した今の株式会社のフェイスブック(Facebook, Inc.)に吸収されて、その役目を終えることになりました。

 また以前、「お笑い」で考える「仲間との起業」でも取り上げましたが、アメリカでは仲間数人と起業するのが普通です。一方で、アメリカでは創業メンバーが途中で会社をやめた場合、株を返却してもらう契約を締結しておくのも普通のようです。(週刊isologue(第148号)「創業メンバーの中途退任時に株を返してもらう方法」で詳しく解説しております。)フェイスブックでは、おそらく、こうした合意や契約も行われていなかったでしょうし、実際、LLCが吸収される際に大幅に持ち分を薄められたサベリン氏から訴訟を受けることにもなりました。

 以前、とある会合で、シリコンバレー歴の長い方から、「アメリカでは創業時から弁護士に相談しないベンチャーなどいない。日本のベンチャーは遅れとる!」とお叱りをいただきましたが、以上のように、今世界で一番ホットなベンチャーであるフェイスブックは、創業時に弁護士に相談しないどころか、かなりの回り道をしたわけです。昨今の日本では、学生ですら(いいか悪いかはさておき)「デラウェア法人を設立してシリコンバレーに行きます!」という人が増えています。「アメリカ人は全員、日本人よりベンチャー経営に関する知識がある」と思っている人も多いと思いますが、フェイスブックは、まさにその反例になっているわけです。

 また、これも映画や本に登場していましたが、もともとフェイスブックCEOのザッカーバーグ氏が注目を浴びるようになったのは、大学のサーバーをハッキングしてとって来た女子学生の身分証明写真画像をインターネット上に公開し、どちらがイケてるかを投票する「フェイス・スマッシュ」というゲームによってです。ザッカーバーグ氏は、フェイスブックを始める前、ハーバードの先輩らのSNS「ConnectU」の構築を手伝った際に、そのアイデアを盗んだとして、その先輩のウィンクルボス兄弟から数百億円といった巨額の訴訟も起こされていました。さらに映画には若い従業員達がマリファナ・パーティーをやって、警察に踏み込まれるというシーンも登場します。フェイスブックの創業期は全般に、そうした知的財産権へのケアやコンプライアンスといった観念が大きく欠如していたと思われますし、これらの側面だけ見れば、まさにダメな学生ベンチャーの見本のような会社と言えると思います。

 しかし、成長しちゃえば、そんなことは関係なくなるわけですね。あえて良く言えば、こうした「形にとらわれない自由な発想」が、フェイスブックが大きくなった要因の一つになっているのかも知れません。

 ただしこれらは、数兆円規模の時価総額にまで急成長したフェイスブックだからこそ許された話であって、よい子のみなさんは間違ってもマネをしてはダメです。これがもし、1000億円程度の時価総額(これでもベンチャーとしては大成功ですよね?)しかない会社の話だったとしたら、上記に掲げたような数多くのミスのうちのたった一つだけでも、致命的なダメージになった可能性が高いと思います。

 この、「すべてにおいて完璧ではない」会社が爆発的に成長してしまったりするところが、ベンチャーの面白いところでもあり怖いところでもあり、ベンチャーの本質を表しているところでもあると思います。

 道徳的な観点からは、「真面目にコツコツやれば必ず成功しますよ」「努力は必ずいつか報われますよ」と言ってあげたいところですが、真面目にやっても失敗するヤツもいれば、脇が甘い人が大成功する場合もあるのがベンチャーです。もちろん「脇を甘くした方が成功する」なんてことは全く言えませんので、お間違えなきよう。念のため。

 いやー、ベンチャーって、本当におもしろいですね。

(ではまた。)

磯崎哲也(いそざき・てつや)
 Femto Startup LLP ゼネラルパートナー/公認会計士。カブドットコム証券株式会社 社外取締役、株式会社ミクシィ 社外監査役、中央大学法科大学院 兼任講師等を歴任。著書「起業のファイナンス」、ブログ及びメルマガ「isologue( http://tez.com/blog/ )」を執筆している。



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2012年2月8日  読売新聞)

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