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(下)苗の流通 実態つかめず

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周辺の森で採取した種子による郷土種で植林した富士山静岡空港。空港施設全体を盛り土してあり、側面の斜面などに植林している(静岡県提供)

 「木材価格の低迷でスギやヒノキなどの植林が激減しているが、広葉樹の苗木生産だけは今も減らない。ブナの天然林で知られる白神山地などが伐採計画で注目されるようになった1990年代から、人工林を元の山に戻そうという機運が高まったからです」

 こう話すのは、遠くから持ち込まれて植樹されたブナが十分に育っていない異変を長野県中南部で見つけた、県林業総合センターの小山泰弘研究員。長野県では、市町村などが、「自然再生」を目指した造林事業や治山事業で広葉樹の苗を1年当たり約100ヘクタールに植林している。本数に換算すると、毎年20万〜30万本になる計算だという。

 樹木を遠隔地から持ち込んで植えると、生育環境が適さないだけでなく、その地域にもともとあった樹木と交配して遺伝情報が混ざり、在来樹木の成長が妨げられる恐れがあることが、最近の遺伝子研究でわかってきた。「外交弱勢」という現象だが、広葉樹による緑化活動は、これらの点への配慮が十分とはいえない。

 広葉樹の苗の生産は、国内全体でも堅調だ。全容を把握している組織はないが、日本緑化センターによると、緑化に使う広葉樹の苗の供給可能量は、2008年度で前年度比2・3%増の6213万本だった。だが、その移動に関しては何の規制もなく、どこでとれた種子を元にしたのかわからないまま、大量の苗が各地に出回っている。

 たとえば長野県は、北海道に次ぐ広葉樹の苗木生産県。生産量は100万本近いが、そのうち70万〜80万本は他県に出荷されている。小山さんは、「どこにどう流れているか実態がつかめない。良かれと思って進めてきた緑化事業が、最悪の事態を招くかもしれない」と警告する。

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郷土種を植えた同空港の斜面(同)

 苗木生産の業界団体である日本植木協会は、植物をその育った地域に供給する体制の確立に向け、いち早く研究を進めてきた。もともと生息していない地域への動植物の移動を規制する外来生物法の施行(05年)を受けたものだ。

 たとえば、食品を対象に普及が進む「トレーサビリティー・システム」と同様の仕組みを、樹木でも作るアイデアがある。地元で育つ広葉樹から種子を採取して育てた苗は「郷土種」とも呼ばれる。それを、その地域内だけで流通させればよいのだが、この流通システムを全国に広げるには、植えようとしている苗が郷土種かどうかを追跡する必要がある。

 その技術的な可能性とは別に、日本植木協会の國忠征美・地域性植物適用委員会副委員長は、現状がはらむ問題点を挙げる。「緑化事業を発注する国や自治体は単年度主義のため、何年か先にどれくらい苗が必要になるかを予測しにくい。それに、植える場所を育った地域に限定すると、単価は通常の1・5〜2倍になる。これらの点がクリアされないと、郷土種の普及は難しい」

 国レベルでは、国土交通省、農林水産省、環境省が自ら所管する緑化事業で、地域の植物を極力使うとする運用指針ができたばかり。地方自治体でも、神奈川県や佐賀県などが郷土種の生産を始めているが、この問題の認知度は低く、広がりに欠ける。

 こうしたなかで関係者が注目するのは、静岡県の富士山静岡空港。航空法に抵触する立ち木問題で開港が遅れているが、空港建設のため造成した斜面など計32ヘクタールに、空港周辺の森で採取した種子から育てた苗を計32万本植栽したのだ。

 樹種はシイ、ヤマザクラ、アラカシなど計72種。現在の盛り土斜面工事は、牧草などの種子を機械で吹き付ける手法が主流だが、空港の建設計画策定の際、富士常葉大学の山田辰美教授(生態学)が郷土種による「空港の森」を提言し、実現した。

 「郷土種による緑化といえどもミティゲーションには違いないが、そこの植物の遺伝子を保存・再生できるし、環境教育にも役立っている」と山田さん。将来に禍根を残すまいとする緑化活動は、始まったばかりだ。(小川祐二朗)

ミティゲーション
 開発などの人間活動によって起きる環境への影響を、緩和・補償すること。湿地帯の急減に対処するため、1970年代に米国で生まれた考え方とされる。具体的には、〈1〉開発をしないことで影響を避ける「回避」〈2〉開発規模や程度を制限して影響を小さくする「最小化」〈3〉影響を受ける環境を修復する「修正・修復」――などからなる。日本では開発地の近くに人工林や人工干潟などを造成する「代償」を指すことが多いが、これはミティゲーションの中でも検討順位が低い最後の手段とされている。
2009年4月9日  読売新聞)

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