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第19回読売演劇大賞…受賞者、喜びの声(下)

 贈賞式が27日に行われる第19回読売演劇大賞。先週に続き、受賞者の喜びの声を紹介する。

【最優秀女優賞】大竹しのぶ…「大人は、かく戦えり」「ピアフ」の演技

■ともに強烈な存在感

 「大人は、かく戦えり」では子供同士のけんかの後始末に両親が顔を合わせた場で暴走する母親、「ピアフ」では歌手エディット・ピアフの波乱の生涯。共通点といえば「フランス人ということぐらい」とほほ笑むが、かけ離れた役で、ともに強烈な存在感を示した。最優秀女優賞は2度目だ。

 「大人は――」では、夫役に段田安則、相対する夫婦に高橋克実、秋山菜津子。「4人の関係がよくて、毎日新鮮な気持ちでいられた。何も言わなくてもテンションを保って、よりよい芝居を目指す。大人の役者同士で芝居ができている、幸せな時間でした」

 一方のピアフ役では「歌うと崇高な感じが生まれ、自分の中で何かが浄化されてゆく。演じてみて、それを教えられました」。当初は「偉大な歌手として歌う」プレッシャーもあったが、「言いたいことを音楽にのせて、心を見せる気持ちで歌っていたので、楽しかった」。

 ピアフ最終公演の名古屋では、カーテンコールの時、中年の女性客から「『愛の讃歌(さんか)』を歌って」と涙ながらのリクエストを受けた。「もう一度歌うと、その人は子供のように声を出して泣いている。ピアフは聴く人の孤独や苦しみ、悲しみを歌で埋めてあげていたんだなと思った。私自身、役を通してピアフに会えてよかった」

 現在は新作映画の収録中。もうすぐ蜷川幸雄演出「シンベリン」の稽古も始まる。夢は「留学して、勉強したい。いろんな芝居を見て、ゆっくり本を読んで。今は難しいけれど、自分のために、豊かになる時間を作らなくては」。

【芸術栄誉賞】別役 実

■不条理劇の礎を築く

 「うれしいです。年を取ってからの賞は、励みになる。活力を注入してくれます」。劇作家として日本の不条理劇の礎を築き、日本劇作家協会の会長などとして後進の育成に努めた。業績が評価され、74歳の今も書き続けているだけに、喜びはひとしおだ。

 創作テーマは「対人関係の時代的な変化を跡付ける」こと。昨年の新作「同居人」は典型だ。男女がルームシェアしている家に末期がんの老人が担ぎ込まれる。「今は対人関係が不明確。得体の知れない人々が同居し、紛れ込む状況を書こうと思った」。同時代を見つめる視線は今なお鋭い。

 1958年に早大入学後、役者志望で学生劇団に入ったが「先輩にこっぴどくののしられて」劇作に転じた。その後は演出家の鈴木忠志らと劇団、早稲田小劇場を結成。「マッチ売りの少女」「赤い鳥の居る風景」で68年度の岸田國士戯曲賞に輝いた。

 作風は独特だ。電信柱がぽつんと立った空間で男1、男2、女1などと名付けられた登場人物の会話が日常に潜む不条理を紡ぎ出す。「登場人物は面影のようなもの。名前を付けると色が付く。だが、名前を持つ役者が参加すると面影が実在の人物に変わる。その感じが好き」。そして、手書きでの執筆にこだわる。「役者の呼吸に合わせて手を動かせるのがいい。人間性が出てなまめかしくなる」

 多作で知られ、あと1本で目標とする鶴屋南北の「生涯137本」という記録を達成する予定だが、ゴールではない。「地道に、手が動く限り書き続けたい」

【最優秀スタッフ賞】松井るみ…「トップ・ガールズ」「雨」「GOLD〜カミーユとロダン〜」の美術

■独創・先進 厚い信頼

 第10回に最優秀スタッフ賞を受けており、今回で2度目の最優秀賞。常に先進的であり、妥協を許さぬ緻密な仕事ぶりで演出家や俳優の厚い信頼を得ている。

 「前回の受賞後、仕事の幅が広がり、英米の舞台美術でも経験を積んだ。その後もたゆまず多くの仕事をこなし、成果を出してきた努力が、今回の受賞で報われたように思う。1回だけならラッキーと思われる。9年を経て、前回と一味違う大きな喜びを感じます」

 大きなフレーム(枠)を使って素早く巧みに舞台を転換させた「トップ・ガールズ」。主人公がクギ拾いとの設定から舞台中央に五寸くぎを思わせる柱を据え、そのほかのセットとの組み合わせで「雨」という作品名の漢字を連想させる、井上ひさしの名作「雨」。小さな劇場という制約の中で、目先を変える舞台転換を行わずともロダンのアトリエを強烈に印象づけるため、巨大なオブジェを石柱に作り上げた「GOLD」。独創的な舞台美術が続いた。

 「脚本を読み込み、演出家と話し合い、頭を振り絞って新しいアイデアが浮かぶまで苦しみ抜く。でも、いい考えが突然ピンと思い浮かんだ時の喜びは、何物にも代え難いですね」と笑顔で振り返る。

 受賞は、セットの模型を作るといった地道な作業に携わる助手たちとの『チーム松井』の成果とけんそんする。「次世代が育つよう、私も微力ながら後輩を育てたい」との思いも抱く。「日本では裏方の印象が強いが、クリエーターであることを広く知ってほしい」

【選考委員特別賞】「背水の孤島」…作・演出 中津留章仁(TRASHMASTERS)

■結論なき問いを発し

 東日本大震災を思わせる大災害に見舞われた被災地の納屋。被災者に加え、ボランティアやマスコミらが現れ、会話を交わすことで互いの立場の違いを強く印象づける。息苦しい過酷な状況の中、日常生活では誰もが隠し通す人間の本性がむき出しとなる。互いを傷つける陰惨な場面を観客に突きつける一方、人間への信頼を回復する小さな救いも描く。正邪入り交じる人間社会の複雑さを多角的に表現する。それが前半。

 幕が下り、後半は一転して近未来の日本へと設定が移る。場面転換の早さは、優秀スタッフ賞を受けた舞台美術の福田暢秀の腕。大災害後の政治、経済、社会の矛盾を鋭く予見する会話が緊張感の中で続き、黙示録のような迫力が生まれる。

 作・演出は劇団主宰の中津留章仁。大分県生まれの38歳。大学の建築学科卒業という異色の経歴を持つ。「井上ひさしさんが好きで、井上さんが劇作をする時は題材で扱う過去の年表を作ってから書くと聞いた。逆に僕は未来の年表を作るのです。近未来を描くのは、他の誰もやらないから」

 昨夏、宮城県石巻市でボランティア活動をした。テレビの撮影者には「もう少し深刻そうな顔で」と注文された。一方で、食糧が持ち主に無断で持ち去られる実情も知った。「こうした真実こそ演劇で表現すべきだと確信した。結論のない問いを観客に発したい」と穏やかに語る。「今後はより新しい方法論を模索したい。今回の受賞はそのステップ。常に挑戦者でありたいと思う」

2012年2月15日  読売新聞)

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