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綿矢りさの巻 若さに揺れる心を奏でる

 史上最年少の19歳で芥川賞を受賞した綿矢りささんは、今年早くもデビュー10年を迎えました。若いことの鬱陶(うっとう)しさ、輝かしさを描く作品は、心の奥深い場所に触れてきます。なぜか夏より秋に、静かな喫茶店で読み返したくなるのです。

 <さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切(ちぎ)る>

 冒頭の文章は、何度読み返してもせつなくなります。高校のクラスの輪から外れた生徒たちの交流をつづる芥川賞受賞作『蹴りたい背中』(河出文庫)には、様々な思い出を持つ人が多いようです。

 「私が15のときに『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞したのが綿矢りさであった」

 東京都町田市の井上晶子さん(22)は、長いメールを寄せてくれました。「斬新な文章、人や物に対する観察力。本の楽しみを知った私は、山田詠美や村上春樹、芥川龍之介などの作品を読み始め、大学で近代文学を専攻しています」

 新潟市の佐藤奈緒さん(28)も「校内の異物排除のメカニズム、警戒しつつ他者とのつながりを求める主人公の心の動きが身に迫る」と語ります。

 作品の愛読者は、若者だけではありません。高校生が風俗嬢になりすまし、チャットで一稼ぎを狙うデビュー作『インストール』(同)には、兵庫県西宮市の中井実さん(69)から「アナログ派の私はインストールの言葉自体に戸惑ったが、見事なストーリー展開や物の考え方に驚いた」。

 大阪市の仁田裕也さん(52)は「非日常的な空間でのやり取りを通し、子供たちの心理が描かれ、自分も思春期に引き戻された」そうです。この文庫に併録された短編「You can keep it.」は記者のお薦めの作品です。他人との距離感がうまく取れず気がふさいだとき、自分だけの悩みではないよと、そっと背中をなでてくれるでしょう。

 芥川賞受賞後の第1作『夢を与える』(河出書房新社)は、CMモデルの美少女がスキャンダルにまみれるまでを描く衝撃的な内容で、夢とは何かを問います。愛知県弥富市の伊藤由夏さん(21)は「大学受験を控えた年に出合い、自分の夢、進路について考えました。人生の節目に綿矢さんの作品は必ず登場し影響を与えている」と振り返ります。

 デビュー10年といっても、27歳の綿矢さんの作品世界はまだまだ進化中です。最近は恋する女心を軽やかにとらえた作品が目立ってきました。

 中学時代から憧れる「イチ」と現在交際中の営業マン「ニ」の間で揺れる26歳のOLを描く『勝手にふるえてろ』(文芸春秋)は、静岡市の竹内久美子さん(51)から投稿をいただきました。「『自分の愛ではなく他人の愛を信じるのは、自分への裏切りではなく、挑戦だ』。この言葉を20代だった頃の私に聞かせたい」

 東京都北区の江川徹也さん(56)が、「週刊文春の連載で読みました。中高年も応援していますよ」と勧めるのは最新刊『かわいそうだね?』(同)。表題作は、彼氏が元彼女(モトカノ)同棲(どうせい)を始めた百貨店勤務の女性が主人公です。

 一見、恋人を奪われる悲しい話のようでいて、読み進むうち、三角関係とは本当に「かわいそう」なものかよく分からなくなります。複雑な経験は、「女の子」を「女性」に変貌させる触媒なのかもしれないからです。デビュー10年。綿矢ワールドは、妖しく謎めいた魅力が出てきました。(待田晋哉)

 わたや・りさ 1984年、京都府生まれ。17歳だった2001年に「インストール」で、文芸賞を受賞してデビューした。04年に「蹴りたい背中」で芥川賞。08年から2年間、本紙読書委員を務めた。

2011年11月29日  読売新聞)

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