(下)チームとともに10年
日本の女子サッカー全体でも数少ないプロ選手だ。プレーに集中できる生活環境を、選手として「ありがたい」と感じている。
だが、プロであることへの固執はない。「たとえアマチュア契約に戻ったとしても、私はサッカーさえ出来ればそれでいい」と、真顔で語る。そう言い切れるほど、チームに対する思いは強い。
千葉・幕張総合高2年生だった2001年に岡山県北東部の美作町(現美作市)にクラブが誕生した時からのメンバーだ。夏休みには、プレーの傍ら、市内の温泉旅館でフロ掃除のアルバイトを経験した思い出もある。
高校卒業後の03年からプロになるまでの6年間は、地元の体育協会でスポーツ指導員などを務めながら、プレーを続けた。05年の国体では、ラグビー会場の運営にも携わった。
クラブと地元のつながりも深まってきたと実感する。近隣の津山市にある高校サッカーの強豪・作陽は、05年末に新設した女子部を岡山湯郷のユース組織として登録している。同高男子部とも、週に1度以上のペースで練習試合を出来る。当初は土だった練習場は6年前から人工芝になった。今では「環境面に何の不満もない」。
ファンの声援は今夏のワールドカップ(W杯)で優勝し、なでしこ人気が沸騰する以前から温かい。05年のL1リーグ(現なでしこリーグ)最終戦に1―8で敗れた後、スタンドのお年寄りから「また次、頑張れ」と励まされたことは今も忘れられない。
だからこそ、「このチームで、いつか優勝を味わいたい」と、強く思う。
岡山湯郷はまだ、なでしこリーグで優勝を争えるレベルのチームではない。「物足りなさを感じないか」と聞かれるが、「常に強いチームにいたいという願望が、私にはない」と返す。
海外の厳しい環境で自分を磨くことは、09年と10年シーズンに半年ずつ米国のプロリーグ挑戦で経験済み。むしろ今は「岡山湯郷は苦戦も少なくないから、工夫して勝とうとする習慣が身につく」と考えるようになった。このチームで過ごす日々が、「国際試合で厳しい場面を迎えた時に生きるはず」とも信じて、来夏のロンドン五輪を目指す。
所属クラブへの愛着と向上心を抱き、目を輝かせてボールを追う。岡山のファンからは性別の枠を超えて、「サッカー小僧」と呼ばれている。(宮間あや編は込山駿が担当しました)
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