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8月の店主は水谷修さんです

「青春を生きる」客だけ選ぶ

 私は、子どものころから、本が大好きだ。子どものころは貧しくて、本屋に行っても本は買えず、欲しい本を図書館にお願いして買ってもらい、読んでいた。アルバイトをはじめて、多少のお金を手にすることができてからは、今にいたるまで、本屋には、すさまじいほどの資本を投下した。でも、それが、今の私を作ってくれた。

 そんな本好きの私が、本屋に関して、気に入らないことがある。それは、客を選んでいないことだ。大きい本屋ほど、子どもから高齢者まで、どんな客でも、探したい本が見つかるように、これでもかこれでもかと多くの種類の多くの本を並べている。また、どんな本屋に行っても、「いらっしゃいませ」と深々とお辞儀され、喜んで迎え入れてもらうことはあるが、「あなたはこの店には入れません」と断られることはない。

 私は、客を選ぶ本屋を作りたい。そして、選ばれる客は、青春を生きている人だけ。青春を生きている人、これは、若者だけを意味するのではない。今の自分や人生に飽きたらず、何かを求めている人なら、どんな高齢者でも、青春を生きていることになる。私の本屋は、入り口から入ると、机が一つ置かれた個室が。そこでは店長である私から、質問の書かれた一枚の紙が渡される。その紙には、たった三つの質問が書いてある。「あなたは、不幸せですか」「あなたは、悩んでいますか」「あなたは、今のあなたのすべてを捨てることができますか」、この三つの質問にすべて丸で答えた人のみが、私の本屋の客となることができる。

 私の本屋には、雑誌もマンガもない。政治・経済書、学術書、技術書もない。数百種類の本が、各1冊ずつ壁際に並ぶ。じゅうたん敷きのたくさんの個室があり、客はそこで本を読む。私の本屋では、多くの本は、それを持って帰ることは認めない。絶版となってしまっている本が多いから。それらに関しては、ただ、本を読む権利だけを売る。各個室には、日本や世界の旅行ガイドがあり、客は自由にそれを読むことができる。なんといっても、「青年よ、旅に出よ」。旅は、青春の象徴だから。

 私の人生は本が作ってくれた。私は人の人生を変える、こんな本屋を作りたい。

 みずたに・おさむ 1956年、横浜市生まれ。同市で長く高校教諭として勤務し、うち12年間は定時制高校。深夜の繁華街パトロール「夜回り」を通じ、若者の非行防止、薬物汚染拡大の予防に取り組む。近著に『夜回り先生 いのちの授業』(日本評論社)がある。

店主の一冊

 ●『堕落論』(坂口安吾著、新潮文庫、514円)私が、ものの見方を学んだ本。社会や歴史を、ただいわれたままに信じるのではなく、健全に疑うことの大切さがわかる。

 ●『罪と罰』(ドストエフスキー著、工藤精一郎訳、新潮文庫・上743円、下781円)善とは、正義とは何か、その答えは見つけうるか。青春期に読んで以来、私は問い続けている。

 ●『枕草子』(清少納言著、岩波文庫、800円)座右に置き、声を出して読んでいる本。日本語の美と深さを現代に伝える最高の教科書。今こそ読まれるべきだ。しかも声を出して。

 ●『我と汝・対話』(マルティン・ブーバー著、岩波文庫、780円)自分とは何か、青春時代に誰でも一度は問うだろう。この本は、自分が自分として生きることを教えてくれる。

 ※丸善丸の内本店(JR東京駅前)の2階で、近日中に水谷修さんの「空想書店」コーナーが登場します。

2011年8月9日  読売新聞)

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