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『中世教皇史』 ジェフリー・バラクロウ著

評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)

権力の源流を探る

 良くも悪しくも、西洋ひいては世界の歴史を一段とおもしろくも複雑にしてきたのは、教会権力の存在、とりわけその頂点に立つ教皇の存在である。

 現代でも、復活祭を祝う日、教皇の説教を聞こうとヴァチカンの巨大な広場を世界中の信者たちが埋め尽くし、南米の人たちはその訪問を熱狂的に出迎える。それらの映像は、しばしばわれわれの極東にも届いてくるが、その光景は、キリストの代理人にして殉教者ペトロの後継者とされる教皇の存在の大きさを、改めて印象付けないではいない。

 いったい、いつ頃からいかにして教皇はその地位を確立し、権力と影響力を持つにいたったのか。本書は、主に8世紀のカール大帝の時代から15世紀の宗教改革前夜までを丹念に追いながら、その経緯を辿(たど)ったものである。

 話のトピックとなるのは、もちろん歴代の王や皇帝や諸公たち世俗権力とのあいだに繰り広げられてきたすさまじいまでの対立と抗争、妥協と和解の数々である。聖職売買、叙任権闘争、教会大分裂、異端審問など、読者のみなさんも一度は耳にしたことのある事象のからくりが、具体的に明かされていく。

 このように教皇権は、宗教的な事柄のみならず、政治や司法や経済など、およそあらゆる領域にまたがってきた。著者はそれを、ずばり「教皇君主制」と呼ぶ。人間のやることゆえ、本来聖なるものであるはずの世界は、おのずと俗なるものにまみれ、単にきれいごとでは済まされないさまざまな出来事が歴史を彩ることになるが、だからこそ、いっそう興味をそそられる。

 原著の出版から半世紀近くが経過し、訳者もいみじくも指摘するように、カトリックの「外部」や「他者」との関係という今日的なテーマへの目配りについては、ややもの足らない感は否めないが、現在もなお多くの局面で影響を与え続けている教皇権の源流を知るには格好の本である。藤崎衛訳。

 ◇Geoffrey Barraclough=1908〜84年。英国の歴史家。『現代史序説』など著書多数。

 八坂書房 3800円

2012年5月7日  読売新聞)

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