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[挑む]体操男子 内村航平(22)コナミ

(上)遊び場はトランポリン

 高校の3年間を過ごした東京・世田谷区の朝日生命体操クラブ。体操の指導者である両親に連れられ、初めて見学に訪れたのは小学1年の時だった。

 記憶は今も鮮明だ。高い天井に広い空間。所狭しと並ぶ器具の数々に、人見知りだった少年の顔がパッと明るくなった。「体育館と言うより、でっかい遊び場に見えた」

 真っ先に向かったのは、「一番輝いていた」というトランポリン。周囲から「もうやめなさい」と言われるまで、ぴょんぴょん、跳びはねていた。

 トランポリンはゆかで練習するより高く安全に跳べるため、宙返りやひねり技の習得、空中感覚の養成に欠かせない。長崎県諫早市で体操クラブを営む父の和久(50)は跳躍練習用に縦12メートル×横1・2メートルのトランポリンを約100万円で米国から購入し、3階建ての自宅1階の小さな「体育館」に置いた。当時は、この器具の重要性がさほど認識されていなかったが、かつて、ゆかと跳馬で全国高校総体を制した父は価値を知っていた。

 この細長いトランポリンが航平の居場所になった。「休みの日も朝から晩まで跳び続けていましたね」と母の周子は振り返る。宙返りに挑戦し、技が一つ出来たら回転数も増やす。さらにひねりも加えていく――。広がっていく技の世界に魅了された。同時に、難しい技に挑戦する恐怖心が消えていった。

 もう一つ、少年時代に没頭したものがある。体操のすべての技を図解した「採点規則」だ。「当時は漫画本を読むより、そっちを読んでました」と言うほど、一つ一つの動きを頭の中に染みこませた。近所の子からもらった映画「ピンクパンサー」のアニメキャラクターのぬいぐるみの手足を動かし、体の使い方をイメージした。児童用の学習帳に、鉛筆で連続写真のようなコマ割りの絵を描いたりもした。

 中学生になると、塚原直也や冨田洋之ら美しさを追求する選手たちのビデオを両親に頼んで集め、コマ送りにして見続けた。「一度見始めると、声もかけられないぐらい集中して見ていた」と周子は言う。

 いったい何を見ていたのか。「技の動きも見ていましたが、それ以上に選手が見ている景色を想像するのが好きでした」

 筋力がつき始めたのもその頃だ。中学3年のある日、初めて鉄棒の手放し技「コバチ」をやってみた。後方抱え込み2回宙返りの後、両手は完璧な位置でバーをつかんでいた。(敬称略)

 ◇うちむら・こうへい 1989年、福岡県生まれ。中学卒業後に上京し、朝日生命体操クラブに在籍。東京・東洋高から日体大に進み、2008年北京五輪で個人総合と団体総合で銀メダルを獲得。09年世界選手権で日本人最年少の20歳で個人総合を制覇。10年には日本人初の連覇を達成した。コナミ所属。得意種目はゆか。1メートル60、54キロ。

2011年8月31日  読売新聞)

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