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「役に立つ」数学を(1)

数学に現実との接点を

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芳沢光雄(よしざわ・みつお)  1953年生まれ。東京理科大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。数学教育の一般向け著書が多い。近著に「『3』の発想―数学教育に欠けているもの」(新潮選書)

 日本では、数学は役に立たないという意識が青少年に顕著に表れます。数学の効用に関する意識の国際比較をすると、いつも大体ビリから2番目とか3番目。数学は役に立たない、つまらない、嫌いが断トツに多いが、嫌いな意識に関してはあまり注目されないまま、今日に至っている感じがします。

 役に立たないからやる必要はない、という議論が、なぜか数学に関してだけ集中します。ほかの教科にはまずない。ゆとり教育の導入のときも、有名な小説家は二次方程式を知らなくても立派な小説を書いているといった、いろいろな話が出てくるわけです。

 確かに、別に数学を知らなくてもいいという議論もあってよいと思います。ただ、国際化を考えると、いろいろな立場や風習や思想や宗教が異なる人たちと、共通のコンセンサスを得て話を進めていかなくてはならないことが少なくありません。そこで一番重要なのは、あなたはこういう規則の世界で生き、私はこういう規則の世界で生きている、というような議論を積み上げていくことでしょう。

 その議論を積み上げていくときには、客観的な議論をしなくてはいけない。例えば、この建物が高い、低いと言っても、人によっては10階が高いとも思うし、低いとも思う。そこで、私は数学というものが、共通の議論をする上で一番必要だという気持ちをもっています。

 数学は大きく四つぐらいに分かれます。物事の仕組みなどの構造を見る代数的な視点、時間とともにどのように変化するかという解析的な視点、図形や幾何といった視覚的な視点、データや可能性などの確率・統計の視点というものです。

確率・統計の話題から

 まず確率・統計の話をしましょう。ひと昔前の私のゼミ生が、725人を対象にじゃんけんのデータを取ったら、延べ1万1567回のじゃんけんで、グーが4054回、チョキが3664回、パーが3849回でした。チョキは出しにくいのです。これから分かることは、じゃんけんは基本的にパーが有利なのです。

 ところが、大学入試や高校入試でじゃんけんに関する試験問題では、半分ぐらいの大学や高校ではグー、チョキ、パーの確率は3分の1、と暗黙の了解の上に立って出題をしています。そこで既に現実とのずれ、距離が生じているのです。

 日本の数学教育の一番の問題点は、いかに数学が身近で役立つかということとは距離を置いて、数学のための数学というところがあることでしょう。そのようなところが、ここでも見受けられるのです。

 ちなみに、次々とじゃんけんをしていった時に、前の手と次の手が同じかどうかを全部チェックしました。そのチェックした回数が1万833回、そのうち2465回が同じでした。

 もし、サイコロで1、2が出たらグー、3、4が出たらチョキ、5、6が出たらパーと決めて、本当に確率3分の1でグー、チョキ、パーを出していると、同じ手が続く割合も大体3分の1です。でもデータでは、同じ手が続くそれは4分の1しかない。

 つまり人間は、異なる手を非常に出したがる。例えば、じゃんけん4回戦をすると、本当に確率3分の1でグー、チョキ、パーを出しているならば、期待値としては27人に1人は同じ手を4回出す。確率的にはそう言える。ところが、実際は4回同じ手を続けて出すことはほとんどないのです。

 そういうところまで踏み込むと、大学入試で単に確率を求めなさいという問題と比べて、一方でそのような見方があることに触れるので、現実との接点を求めることになって興味の持ち方が違ってきます。そういうことが、今の日本の算数・数学教育に求められているのではないか、と考えています。

 次に偏差値の話をしましょう。偏差値は「得点分布を、平均が50点の山形の正規分布に近似させて見るもの」といえ、平均と標準偏差を使って算出します。式で書くと、

 (得点−平均点)÷標準偏差×10+50

 となります。例えば、平均点が60点で標準偏差が20の場合、得点が80点の人の偏差値は60です。標準偏差というのはばらつき具合で、社会科のように暗記が中心の科目は一般に得点のばらつきが小さく、標準偏差は小さくなります。しかし、数学は満点をとる人も結構多いけれども、0点をとる人も多いので、標準偏差は大きくなります。そこで数学で満点をとった人は、偏差値に換算するとぐっと減ってしまって65辺りになることもある。逆に、数学で0点とっても35ぐらいにもなる。ところが、社会で満点とると偏差値換算だと大体75ぐらいになるし、0点をとると大体25ぐらいになる。

 「偏差値教育はけしからん」と言っている大学の教育関係の先生方も、一方で入学試験の得点が「きれいな山形にならないのはよくない」と主張することがあります。偏差値というのは元来、きれいな山形の正規分布に近づけて見る発想です。一方で偏差値教育はけしからんと言って、一方で山形の分布がよいというのは、ちょっと矛盾があるわけです。平均点50点の山形の信仰が偏差値換算を生み出し、それによって偏差値による得点調整まで行っているのです。

 ある私立大学の経済学部入試で、なんで数学で満点をとった人が全然入ってこないで、社会で満点とった人がたくさん入ってくるのか、となりました。得点のばらつきの大きい数学の得点を偏差値換算すると、皆50の近くに結果として集まるから、数学のできる人が入ってこないと気付き、偏差値による調整なしの採点方式に改めたそうです。

2009年11月26日  読売新聞)
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