現在位置は です

本文です

文芸からスパイまで幅広く

 2012年になっても、相変わらず海外ミステリーを読み(あさ)っている堂場です。今月は、文芸色の強いものからスパイモノまで、バラエティ豊かな3冊をそろえてみました。

「転落少女と36の必読書」
(マリーシャ・ペスル、金原瑞人、野沢佳織共訳 講談社、上下とも1900円)

 ちょっと変わった本をご紹介しましょう。ミステリーと言っていいか、微妙なところですが、一応「謎を追う」のが主眼でありますので、広い意味でのミステリーとしてここで取り上げます。

 母親の死後、各地の大学で教える父親とアメリカ中を放浪して暮らす少女・ブルーは、高校の最終学年、とある私立のエリート校に転入します。前半は、一風変わった父親との関係や、新しい友人たちとの交流がだらだらと描かれていますが、後半になると一転、新しい学校で出会ったハンナ・シュナイダーという女性講師(後に死亡)の謎に迫っていく展開になります。

 肝になっているのが、60〜70年代の過激派の存在で、実は70年代以降のアメリカ文学では、繰り返し出てくるモチーフであります(ウエザーメンとかね)。この辺が明らかになるのは、本も終盤に入ってからで、そこからの展開は一気呵成(かせい)。ある人物が、エンディングに至ってクソッタレだと分かってしまったのは、残念至極でした。

 だけどまあ、筋書きなんざ、どうでもいいや。この作品の最大の読み所は、前代未聞の「引用小説」だ、ということなのであります。とにかくブルーは、小説や論文から徹底的な引用を行う。パパの忠告「何か論じるときは、正確な注をつけること」に忠実に従っているのですが、いやまあ、あぜんとしますよ。ついでに「できれば一目でわかる視覚資料を用意すること」との忠告にも従い、本文中にはところどころ、イラスト(自筆)が挿入されます。あ、ちなみに引用はほとんど(うそ)、だそうです。よかった……この引用が全部リアルな本からだったら、怖いわ。そんなにぴったり、場面に応じた引用ができるわけないし。ちなみに、各章のタイトルは名著からのいただきで、例えば#1は「オセロ」(シェイクスピア)です。でもっておまけに、「最終試験」つき。これは本当に「試験」です。

 ちなみに、これでもかというぐらい「注釈」をつけているのはブルーだけではなく、訳者も相当苦労して入れこんでいます。アメリカの社会・風俗で、日本人になじみのないものを、きちんと説明してくれているんですね。流行歌の歌詞、映画の台詞(せりふ)、等々。何だか、一昔前の翻訳ミステリーを読むような趣です。「バジリコ」を「メボウキ」とか、無理やり訳してたよなあ。しかしながら、注釈を読みながら、ホント、アメリカ文化に関しては、知っているつもりでも(いま)だに知らないことが多いと痛感。

 ナボコフやヒッチコックが引き合いに出されて評価されているようですが、堂場としては、青春小説の正当な進化形って感じで読みました。ちなみにブルーの小難しい性格は、セレンディピティ・ダールクイスト(ディック・ロクティの「眠れる犬」「笑う犬」のヒロインね。長いので、以下「セーラ」)に通じる物がありますね。セーラは14歳、活動的で生意気で魅力たっぷりの(確か超絶美)少女でした。一方ブルーは、何かと自分の内側に引きこもりがちで、オタク的臭いがするのだけど、生意気さではセーラといい勝負、頭に詰めこんだ知識ははるかに上って感じですね。どっちにしても、生きのいい生意気な若者たちの話を読んでいると、心沸きたちます。オッサンになった証拠かなあ。

 読み応えは、最近出会った小説の中では「ダールグレン」と双璧でした。色合いはまったく違うのですが(ちなみに「ダールグレン」は4分の3で挫折中。この小説に関しては、これが正しい読み方だ、と自己弁護します。「ユリシーズ」みたいなもんだね)。それにしても、こんな風に自由に書けるのは羨ましい、とエンタテインメント系の人間としてしみじみ思う次第であります。

「骨とともに葬られ」
(ジェニファー・リー・キャレル、布施由紀子訳 角川文庫、上下とも781円)

 きました、シェイクスピアモノ。主眼というか、ストーリーを貫く最大の謎は「シェイクスピアの未発見原稿は存在するか」なんですが、小説そのもののスタイルは「ノンストップ・アクション巨編」かつ「知的ゲーム」なので、1冊で2度楽しめること請け合いです。うんちくの豊富さに加えて、アクション要素も満載。しかも最後は暗号解読まで持ち出して、サービス精神たっぷりです。お約束的に裏切りのドラマがあり、淡い恋の物語があり……露骨に売れ線狙いだな(笑)。

 主人公は、シェイクスピア劇の舞台監督、ケイト。ロンドン・グローブ座で「ハムレット」の稽古中に、かつての恩師・ロズが現れ、小さな箱を託していきます。「これについて調べてくれ」という依頼だったのですが、その後グローブ座で火災が発生、ロズが遺体で発見され、話は一気に動き出します。

 未発見の原稿探しに加え、ロズの死因の追求と、ケイトが走り回るのですが、これが忙しいのなんの。スタート地点はイギリスなんですが、それからボストン→ユタ→ニューメキシコ→ワシントンと、アメリカ大陸を東へ西への大移動。上巻だけでこれだぜ。

 ちなみにこの未発見原稿のタイトルは「カーディニオー」といいます。リアルな話では、他の劇作家との共作で、1613年に上演された記録があるものの、原稿そのものは残っていないという謎の作品。これだけでもう、「何かあるな」と知的好奇心をくすぐられますよね。

 シェイクスピアは何かと謎の多い人物で、本書的に言えば、「本当に分かっているのは、生まれて死んでその間に戯曲と詩を書いたことだけ」だそうです。なので、正体にまつわる推理も盛ん。「別人説」や「複数人物説」を耳にした方もいらっしゃるでしょう。謎が多い分、イマジネーションを喚起するんですね。本書でも、その正体を巡って、様々な説が飛び交います。

 しかしなあ……著者は実際にシェイクスピアの研究者だそうですが、生真面目な性格なのか、著者後書きで一々、「この部分は真実、ここは創作」と列記しているのは興ざめです。これ、余計だよね。この手の、史実が絡むフィクションでは、「嘘」の部分を見抜く楽しみが、何より大事なんじゃないでしょうか。まあ、シェイクスピアをほとんど知らない堂場は、どこが嘘なのかまったく分からなかったので、いいガイドになりましたが。

「暁に走れ 死への42.195キロ」
(ジョン・ストック、村井智之訳 小学館文庫、762円)

 スパイモノ、久しぶりですかね。本書は意表を突き、「ロンドンマラソン」のレースシーンからスタートします。意表を突くといっても、タイトルを見た瞬間に、マラソンがネタになっているのはお分かりかと思いますが。

 トラブルを起こしてイギリスの情報機関・MI6を停職中のダニエルは、同じMI6の諜報員で恋人でもあるレイラに誘われて、ロンドンマラソンに挑戦します。ところが本番中に、やはりマラソンに参加していたアメリカ大使に対する自爆テロ事件が発覚。犯人は、大会に紛れこんでいたランナーで、「スピードが落ちると爆発する」と脅されていました。ダニエルはこれを未然に防ぎますが、ここから陰謀に巻きこまれ、舞台をポーランド→インドへと移しながら、サバイバルと真相発見のための孤独な戦いが始まります。

 誰が味方で誰が裏切り者か分からないスリリングな展開は、70〜80年代のスパイ小説全盛期の王道パターンを踏襲しています。一方、21世紀を舞台にした話とあって、仮想敵国はイラン。ここに、イラン国内の少数派宗教、MI6とMI5、さらにCIAの対立構図などが絡んで(この辺りの官僚的なつばぜり合いはどこでも同じだなー)、物語は複雑な展開に。さらには、裏切り者の烙印(らくいん)を押された、元MI6長官であるダニエルの父親に関する謎、テロリスト「ダール」を巡る謎(これが解けたのは、実に残り100ページを切った辺り)が絡み合い、とても458ページ程度の小説を読んだ疲れではなかったですね。ラストは含みを残して、続編への期待を抱かせます。

 ストーリー重視のお話かと思いきや、インドの描写が秀逸で読ませました。吸い込む空気さえも熱い感じ(堂場は行ったことないですけどね)がよく出ています。この人、なかなかの書き手だわ。()えて首を(ひね)るとしたら、邦題かな。マラソンシーンはホントに冒頭だけで、あとはオーソドックスなスパイ小説なので……ただ、原題(DEAD SPY RUNNING)には納得できます。ダニエルが、とにかく走り回るイメージが強いですからね。マラソンだけに引っかけた意味ではなかった、と。

プロフィル

堂場瞬一:1963年生まれ。警察、スポーツ小説で活躍。代表作に「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ。

2012年1月25日  読売新聞)

 ピックアップ

トップ


現在位置は です


日本ファンタジーノベル大賞

畠中恵さんに聞く(下)

第24回作品募集
畠中恵さんに聞く(下)

編集者が選ぶ2011年海外ミステリー

海外ミステリーが傑作揃いだった2011年。各社担当編集者のベスト5を紹介します。

読書委員が選ぶ「震災後」の一冊

東日本大震災後の今だからこそ読みたい本20冊を被災3県の学校などに寄贈するプロジェクト

読売文学賞

読売文学賞の人びと
第63回受賞者にインタビュー

リンク