面白い原作を日本語で忠実に
柳瀬尚紀(やなせ・なおき)さん 68
名作クリスマス絵本の新訳を手がけた
児童文学ではロアルド・ダール作『チョコレート工場の秘密』のユーモアあふれる新訳(2005年刊)で知られる英文学者。
「脚韻を踏んだ原文に興味を持って、翻訳を引き受けた」のが、新刊『聖ニコラスがやってくる!』(クレメント・C・ムーア文、ロバート・イングペン絵、西村書店)です。
聖ニコラスは、サンタクロースの起源となった聖人。クリスマスイブ、トナカイが引くそりに乗り、煙突を通って部屋にやって来るサンタの原形は、米国の神学者ムーア(1779〜1863)が自身の子どもたちへクリスマスプレゼントとして読み聞かせた自作の詩から生まれたとの説もあります。この詩は、新聞に掲載されたことをきっかけに、世界へ広まりました。
翻訳絵本は何冊も出ていますが、新刊は「日本語で2音の脚韻にして目立たせた」訳が斬新です。「背中にかついだ袋には おもちゃがどっさりつまってる/街で物売る行商人にとてもとってもよく似てる」「ウインクしてみせ首をかしげ/怖いどころかいかにも親しげ」……。読むと、耳に心地良く響きます。
早稲田大学大学院在学中に英文学の翻訳を開始。造語が多く難解なJ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』と格闘中に助教授を務めていた成城大学を辞職し、翻訳と執筆活動に専念。同作を完訳した業績で1994年、日本翻訳文化賞を受賞しています。
ロアルド・ダール作品の仕事から、子どもの読者とのつながりも生まれます。島根の小学校に招かれ、翻訳を通して感じた日本語の魅力について講演。後日、「これからは、もっと言葉を大事にしたい」などと感想が書かれた手紙が小学生たちから届きました。
「面白い原作を面白く伝えることができるのは、日本語という天才が“翻訳”しているからです。原作に忠実な表現を考え抜いて、日本語の持つ可能性を子どもたちに示し続けていきたいですね」(鳥)
(2011年12月13日 読売新聞)